【サンプル】dear MIA
「悲しくない筈がない」
サラダをつつく、その合間を縫って言葉が放たれた。フェルトは、え、と顔を上げる。食堂には自分とティエリアの二人しかいないのだから、この言葉は自分に向けたものなのだろうとは察せられたけれど、どうにも文脈が読み取れない。
彼が制服を作ろうと言い出してからまだ日は浅く、時折ティエリアは風で飛ばされそうな頼りない生き物だった。持っていかれる前にその袖を捕まえると、彼は決まって、大丈夫、を繰り返した。(実のところそんな筈はない)今も手に届くうちにティエリアを捕まえなければならない。
「彼が、悲しくない筈がないんだ」(「JB。モレノについて」)
振り返った両肩に握られた小さな指の背がぶつかり、フェルトがどこか浮かされたような顔で、似合う、と笑った。目尻を窄めて細められた瞳は店内の照明を乱反射させて、けれど口許と同じように緩んではいないことにティエリアは気付く。その虹彩が弾き出す青い静謐は、いつかの地上でのミッションの合間に彼女がぎこちない水着姿で浸っていた海の浅い底に似ている。見出せる想像をそれ以上広げるのはとても疲れるので、ティエリアは肩に当てられて膝上まで垂れるその布を一通り見下ろして事実だけを拾い上げ、彼女の背後にある鏡にちらちらと映る仮想の自身に憮然として言い返した。(「クリスティナ・シエラについて」)
その画像データに見憶えはなかった。それもその筈で、その頃の堅い殻に一筋のひびも許さなかった自分はそういった事柄は排斥すべき悪習だと思っていたのだった。もうもうと空に上がる入道雲がまるでそこに写っている彼や彼女と共に遊びに身を任せている一つの生き物に見えて、これを撮った頃の自分はその水蒸気の塊を生き物に例えることなどなかったのだということも同時に思い出した。(「リヒテンダール・ツエーリについて」)
未だに言葉を交わすことに躊躇いを覚えるのは良くないとは思っていても直し難い。それは彼もまた同様だ。一言目を探しあぐねて緊張が手足に痺れを与える。
「……なあ、俺に何か用があるのか?」
ロックオン・ストラトスが突然振り向いた。気付かれていた。心臓が踊って握りしめた手のひらの内側に握るそれが手袋の布地を刺す。「ええと、あの、」言葉はいつだって難しい。(「アニュー・リターナーについて」)
「よぉフェルト」
ニール・ディランディは全く変わらない調子で片手を上げた。彼はあくまで彼のままで、続いた彼の説明によると、最後に少しだけ皆に挨拶に回ることを許されたからここに来たのだという。誰に許されたのか、「少し」が経ったらどこに行ってしまうのか、ニール・ディランディは一言も言わなかったけれど、彼の温かな眼差しや少し諦めたような困った笑い癖やそういったものはたちまちフェルトから戸惑いを消し去ってしまった。彼の笑顔はいつだって温い安心を与え続けていた。(「ニール・ディランディについて」)
作品名:【サンプル】dear MIA 作家名:ねっさわ