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水平線が見えるまで

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襲い来るのは後悔ばかり。あの時ああしていればとか、逆にあんなことするんじゃなかったとか、あんなこと言うんじゃなかったとか、もっとちゃんと伝えておけばとか、いっそ力ずくにでも引き止めればよかったのかもしれない、とか。嗚呼全く。

「……俺らしくもねェ」

 ごろりと寝返り。癇に障るほどカラリと晴れた空。山崎がミントンをしている声が聞こえる。「フンフン」とかいう謎の掛け声。間もなく土方さんがやってきて山崎は意味もなく訳もなく殴られるのだろう。
 空が青いのは本当はとても不自然なことなんじゃないだろうか。だって宇宙は黒い。その黒を俺たちに隠す意味はいったいどこにあるんだ。もしかしたら守られているのかもしれないけど天人は平気で黒から青へ渡ってきている訳だし、もしかしたら閉じ込められているのかもしれないけどそれだったらあのチャイナは、今もこの星にいるはずなのだ。

 この街からこの星からこの俺の前から、あいつが消えて、もう一週間が経つ。

 俺は相も変わらず真選組の中で生きている。大きな変化は無い。あいつがいなくても世界が回る早さは変わらないようだ。だから俺はともすると置いてけぼりを食らいそうになりながら平気な顔をし続ける。
 知っている。これは喪失感とかいうヤツで、場違いな上に不必要なのだ。だってこれはただあいつに出会う前と同じ状態に戻っただけなんだ。俺はあいつがいなくたって生きていけるしあいつだってそうだ。だからこそ帰っていった訳だし。
 そうご、と、覗きこんできたのは近藤さんだった。
「つまらなそうだな」
「ケーサツが暇なのは平和な証拠でさァ」
「ハハハ、確かにな」
 山崎ィィィという土方さんの怒声に山崎の悲鳴が重なって聞こえてきた。近藤さんは畳に腰を下ろしてあいつらは仲が良いなぁと笑った。へえ。あれは仲が良いと言えるものなのか。この人は全部わかってるのか全然わかってないのか、たまにわからなくなる。それでも俺のことに関しては見透かされてることが多いから、こんなことを言われたりする。
「チャイナさんがいないからつまんないんじゃないか?」
 もっともこれは俺がわかり易いだけの話かもしれないが。

 俺はむしろ腹立たしく思っているんだ。自分が抱えるこの喪失感とか寂しさとかそんな感情を、どうしようもなくうざったく感じているんだ。だって、あいつは何とも思っていないのかもしれないのだから。寂しいと感じているのは、俺だけなのかもしれないのだから。もしそうなのだとしたら、俺は最高にみっともないじゃないか。そしてそれを確かめる術は、もうない。

「もう一生会えない、とかいう訳じゃあないんだろ?」
 近藤さんは、空に視線を移して、言う。
「ああ、きっとまた、来る」
 俺はようやく返事を返す。
「旦那に会いに、ね」
 あ、今の、最悪。嫉妬?最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ。
 近藤さんがまた俺を見た。仕方ないな、という顔。大人の笑い方だ、と思った。俺がまだ子供なのだということを否応なく知らしめるその顔で、近藤さんはそっか、と呟いた。

 あいつは俺に別れを告げなかった。最後まで、サヨナラなんて言わなかった。最後にあいつに会ったあの角の甘味処で、これが最後なのだと俺がわかっていたのは、前日に山崎がその情報を慌てた様子で俺の元に届けたからだった。
「万事屋のところのチャイナさんが、故郷に、帰ってしまうそうです」
 息を乱したまま、俺の前でそう言って、山崎はひどく苦しそうな顔を見せた。
「彼女の父親の、あの、星海坊主さんが、ひどい大怪我をされたそうで、それで、明日、緊急の帰国、だそうです。……彼女はもともと、帰国するための資金を貯めるために、万事屋で働いていたんです…だから」
 もしかしたら彼女はそのまま向こうに留まるかもしれない。
 山崎の認識によると俺とチャイナはかなり仲が良かったらしい。奴は明らかに俺に同情していた。心中お察ししますと言わんばかりだった。俺はその態度を別に不快には思わなかった。山崎の目に映ってる俺も、まったく表情を変えていなかった。
 それでも礼を述べることができなかった。知らせてくれたことにも、俺を思いやってくれたことにも、ありがとうを、言わなくてはいけない場面だったのに。


「まーたサボリかヨお巡り」
「あんたと違ってちゃんと仕事してまさァ」
「団子食いながら何言うネ」
「これも見回りの一環ですぜ」
 そこにあったのは今までの延長線もとい延長戦。あいつは正座して酢昆布を齧ってて、俺はみたらしの団子を頬ばって。非日常に繋がってゆく日常を、まるで演じるように俺たちはただそこにいた。永遠を錯覚させられるほど不自然な穏やかさ。そんな空気の中であいつはいつも通りに見えた。
 あいつが何も言わなかったように俺もまた別れなど口にしなかった。その話題について俺があいつに言えることは何ひとつなく、伝えるべきことも、特に思いつかなかった。よく覚えていないけれど、俺はとにかく核心に触れないくだらないことを幾つか話した。あいつはいちいち表情を変えて相槌を打った。笑ったり怒ったり不思議そうにしたり笑ったり驚いたり怒ったり笑ったり。
 そうして話題も尽きて死にそうなほど退屈になった頃、あいつは立ち上がった。あ、と思う間もなくそれは口からするりとすべり出た。

「どこ行くんだよ」

 あいつは、神楽は、ぴたりと止まって肩越しに俺に見て、それからくるりとこっちを向いた。
「…そっちは、万事屋じゃないだろィ」
 取り繕うように付け足したら、あとはもう後悔するしかなかった。今も続くこの後悔が始まったのが、まさにその瞬間だった。
「トイレットペーパー買ってくるように新八に言われたアル」
 平然とした顔は確かに全部を理解していた。どきりとした。でもそれはきっとお互い様だった。
 俺も歩き出した。あいつを意識から追い出すべきなのか迷いながら。背中を決して、振り返らないように。


「俺とあいつは似ていたんでしょうか?」
 尋ねてみた。近藤さんはほぼ即答に近い早さでああ似ている、と答えた。
「…いろんな人にそう言われて、俺も、ああまぁ似てるのかもなって漠然と思ってやしたけど」
 そのことに嫌悪したこともあったけど。
「なんかもっと具体的にわかったような気が、したんでさァ」
 あのとき。最後に視線が繋がった、あの時。
「具体的、に?」
 興味深そうに、近藤さんが振り向いた。
「ええカッコしい、て奴なんでさァ、俺もあいつも」
 頑ななまでに。何かを恐れてでもいるかのように。或いはただのナルシズム故に。
 どちらか一方でもそのスタンスを崩したら、俺たちはどうなってしまうのだろう。どうなるにしてもそんな役目はまっぴら御免だから、俺は今日もここで頭上の色彩を見上げてる。

 この星の輪郭を掴むにはどれくらいの高度が必要だろう。
 高く高く昇ってゆきたい。もうあいつには届かなくとも。
 そう、せめて。




          水 平 線 が み え る ま で
          (中途半端な俺にはそのくらいの高さがお似合いだ)
作品名:水平線が見えるまで 作家名:綵花