捕食者
……と静雄自身は認識しているのだが、実際の出会いというか遭遇はもう少し前のことになるらしい。くだんの少年自身から聞いた話だ。
「静雄さんのほうは、僕の存在に気づいていなかったでしょうけどね」
そういって困ったように笑って見上げてきた少年に、自分はそのときなんと返したのだったか。恐らく、ああ、だとかうん、だとか。そんな実にもならない相づちの言葉だったのだろう。
口べた、という訳でもないのだが。言葉というものはいつでも静雄の思うようにはならなくてイライラする。以前そのことを上司に相談してみたところ「それはお前、アレだ。他人との会話のサンプルが少ないからだべ」と返された。曰く、限られた人物としか日々会話を交わしていないからであろう、ということだ。
以来、静雄は言葉にする以前に、行動を起こすことのほうが多い。
そんなところも動物っぽいよねぇ、君って奴は!……とは、悪友である闇医者の言だ。ムカついたので眼鏡を割っておいた。
だからそのときも、口よりも先に手の方が出そうだったのだ。ほんとうは。
それでもかろうじて、触れるよりはやく「触ってもいいか?」と尋ねることができたのは。少年に対する気遣いや優しさなのではなく、警戒して逃げられることを恐れたが故。いうなれば、獲物を逃すまいとする本能的な行動であった。
静雄に尋ねられた少年は、頼りない首をかくりと傾げてこともなげに言った。いいですよ、と。
どこまで、どうやって、触れるのか確かめもせずに。自分がなにを許可してしまったのか、知らぬままに。
肘の皮膚は少しささくれだってざらざらとしていた。潤すように、唾液をまぶすように舐ると細い身体が大げさなほどに揺れる。そのまま軽く歯を立てて、上方に目を向ければ、そこには困惑しきった表情を浮かべ朱に染まった顔があった。わざとらしい程のリップ音をたてて腕をたどる。手の甲に唇を落として、再び少年を一瞥すれば、彼は困ったようにおずおずと男の名を呼んだ。
「し、ずおさん……あの、」
「なんだ?」
何でもないように尋ね返せば、戸惑いに揺れる藍の瞳が見えた。
その可愛らしい唇が「やめてください」という拒絶の言葉を紡ぐ前に逃げ道を封じるように言い放つ。
「触ってもいいんだろ?」