ひとつひとつでいいんだよ
人のいない空き教室で、鬼道と2人でランチ・タイム。
何となく今では当たり前になったこの時間に、他愛も無い世間話をしながら。
――こんなのんびりとしたひとときも、結構いいものだなぁ、なんて。そんなことを思っているのは、あくまで内緒だ。
「え?鬼道行った事無いの?」
「ああ」
「ふ〜ん……ならさ、今日部活が終わってから行ってみよう!」
「はあ……?」
「けって〜い。ちなみに、反論は受け付けていませ〜ん」
わざとおちゃらけた雰囲気で言えば、みるみるうちに眉間に皺ができる。
あえてそれに気付かない振りをして、いつもおいしそうな鬼道のお弁当のおかずを指差しながら、「ひとくちちょーだい」と言えば、何だかんだ言いつつもちゃんとひとくち分けてくれる。
お返し、と言って食べかけのパンを差し出せば、ちょっと困った顔をしながらも、ちょぴっと端っこのあたりを手でちぎって小さな口に放り込む。
「そのまま噛み付いちゃえばいいのにー」
「……お前な」
「で、お味はいかが?」
「――――うまい」
「そ♪そりゃよかった」
鬼道にそう言われれば、購買の120円メロンパンも本望だろうな、なんて。
そんなことを考えながら、一緒に買った焼きそばパンをひとくち。
もぐもぐ……とテキトーに噛んで、紙パックの抹茶ミルクオレで流し込み。
これをやると、決まって鬼道の眉間の皺が増えるんだ。
「……よくできるな」
「甘いのとしょっぱくどいのが癖になるんだよ」
「理解できん」
「挑戦してみればわかるって」
「言葉を間違えたな。分かりたく無い」
「え〜?」
そんなこんなで、いつの間にか昼休みはあっという間に終わってしまう。
午後の授業は、まあそれなりに。数学の時間に描いた落書きが思いのほかケッサクだったから、後で見せようとかそんな感じ。
それで、放課後になって部活をやって、着替えて解散。
一人違う場所で着替える鬼道を急かしながら、ちょっといつもとは違う道を通って、某有名ドーナッツのお店に向かった。
店の前には、『ドーナッツ1個100円』の旗がパタパタと風ではためいている。
――――本当は、もっと学校から近い場所にもう一軒、同じ看板の店があるんだけど、そっちは店員サンがドーナッツをケースから取ってくれる形式だから、ちょっと苦手だ。
(あー、でも、鬼道はソッチの方が慣れてるかも?)
鬼道の家はお金持ちで普通にお手伝いさんたちがいっぱい働いているという話だから、そういう至れり尽くせりな環境の方が馴染みがあるのかもしれない。
でも、『初めて』来店する鬼道よりもリピーターの自分が緊張するのは何だか悔しいから、今回はコッチの店でいい。そういうことにしておこう。
トレーとパンバサミ(?)を持って、すぐ傍に居る相手に向き直る。
「鬼道はどれにするー?」
「……よく、分からないんだが……」
「あ、そっか。んー……じゃあ、チョコ平気?」
「ああ」
「生クリームは?」
「……まあ」
「あずき」
「平気だ」
「しょうゆ」
「……おい」
「ちゃんとあるんだって。丁度今、復刻版ででてるやつ!」
まあ、自分も当時はちょっとこれはどうなのかな〜?と思ったけどさ。
「でも、実際に食べてみると案外おいしいよ?こう、磯部餅みたいな味なんだって!」
「……それは、ドーナッツである意味があるのか?」
「や、それを言われると痛いけど」
「……あずきがいい」
「おお、りょ〜かい♪」
あずきを使ったドーナッツも何種類かあるけど、まずは取りあえず、オーソドックスに『北海道あずき』をチョイス。
あとは、オーソドックスにオールドファッションとポン・デ・リング(とその親戚)を何個か。自分用には、チョコ系のと生クリーム系のヤツを5、6個選んで、纏めて会計を頼む。
鬼道はやっぱり「自分で払う」と言い出したけど、そこは「今度奢ってくれればいいから」と言って譲らずに。
そして、店内じゃなく持ち帰りにして、ドーナッツの入った箱を持って外に出る。
――――外は、もうすっかり暗い。
秋だし当たり前か、と言ってしまえばそれまでの、でも改めて思えばちょっと感慨深い変化。
「あ、コンビニ寄って行こう」
「まだ何か買うのか?」
「しょっぱい系のお菓子と、ジュースか何かは必須でしょ?」
「知るか」
そう言いながら、少し早足で道を歩く。
がさがさと揺れる箱の音を聞きながら。
今日も結構面白かったと思いながら……。
《終わり》
次への約束
作品名:ひとつひとつでいいんだよ 作家名:川谷圭