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可愛い子には気をつけて

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可愛い子には気をつけて

*

金色に輝く穂の中を、小さな子どもが、無邪気な笑みで駆けまわっていた。その姿を後ろから見守るのは、金色の穂のような髪を持つ二人の青年である。
あんまり遠くへ行くなよ。
オリーブ色の瞳をした青年が声を張り上げると、大丈夫だよとすぐさま返事がして、青年は知らずと頬を緩めた。フランスは気まずさから、破顔したイギリスから目を逸らす。ここ最近、眉間に皺を寄せている顔しか見ていなかったからだ。
「少し見ないうちにまた大きくなったな」
「ああ」
いつもは苦虫を噛み潰した表情の後でしか口を聞いてくれないのに、この男はアメリカの話になると、まるで彼に話しかけるかのように、きらきらとした笑顔を、フランスに向けるのだった。それは遠い昔、まだ彼が子どもだったころの笑顔によく似ていて、フランスは何とも言えない感情になる。優しさに溢れたその笑みが、嘘偽りのないことくらいすぐにわかる。それはあの時、フランスがイギリスに向けていた笑みと同質だったからだ。フランスはかつて、彼の兄だった。
「ねえイギリス、これ見て!」
「おお、またでっかいの捕まえたな」
さざ波のアーチを、アメリカはイギリスに向かって一直線に駆け抜ける。彼の軌跡の奥に輝く夕日が、今のフランスの目には眩しく映った。アメリカはその細い腕に似合わないほど、大きな兎を抱えていた。
「かわいいね、イギリス」
「ああ。でもかわいそうだから、逃がしてやんな」
「うん」
足元に駆け寄るアメリカの頭を、イギリスは震える手で撫ぜる。子どもは与えられる温もりを感じ、満足そうに目を細めた。フランスは黙って、イギリスの指先を見ていた。震えていたのは、どのくらいの力で触れていいか、わからなかったからだろう。
アメリカが腰を落とし、両手をぱっと離すと、兎は振り返ることもせず、そのまま光の向こうへと走っていった。名残惜しく思ったアメリカが、兎の後を追いかける。
「…お前でも、あんなやさしいこと言えるんだな」
「何がだ」
「逃がそうだなんてさ。坊っちゃんらしくないじゃない」
振り返った男は、不機嫌さを隠す素振りも見せず、フランスに言葉を突き付けた。ああ、怖い怖い。両の手を顔の横でひらひらと揺らす。
「ふざけてんじゃねーよ」
先ほどより低い、どすの利いた声でイギリスが言う。フランスは目尻を下げながら、ふざけてないとやってられない、と思った。道化の振りでもしていなければ、傷ついた心に正面から向き合わなければいけないからだ。
「てっきり『今日の晩飯は決まったな』って言うのかと思ったね、俺は」
フランスは兎を追いかけるアメリカに目を向けた。子どもはその小さな足で、懸命に兎を追いかけていた。しかし兎の方が速く、いくら追いかけても辿りつくことが出来ない。
「アメリカ、その辺にしとけ」
「でもイギリス!」
「いいから」
踵を返したアメリカが、むすっとした表情で、頬を膨らませながらこちらへと戻ってきた。頬はりんご色に染まっている。
「あいつ、とっても薄情なんだぞ。さっきまであんなに俺に懐いていたのに」
「可愛いやつは、みんなそういうもんさ」
「そうなの?」
「ああ」
「ふうん。ねえ、フランスはどう思う?」
「え、俺?」
急に話を振られて少し戸惑ったが、やがて口を開き、「まあ、女性はそうかもね」と曖昧にごまかした。
「女のひとはみんなそうなの?」きょとんとした顔のアメリカに、イギリスが「こいつにはそういう女しか寄って来ないんだ。かわいそうな男だからな」と耳打ちをする。憎たらしいやつめ。
「アメリカ。可愛い子には気をつけろよ。いつか絶対裏切られるからな」
こいつは、こんな小さな子どもの前で何てことを言うんだ。言葉を失い頭を抱えるフランスを見て、イギリスが大げさに笑う。アメリカもイギリスの笑いをまねているのか、わっはっはとわざとらしい声を上げた。
「お前ら、お兄さんを馬鹿にしてそんなに楽しい?」
「楽しいぜ、なあ。アメリカ」
「たのしいぞー」
「…終いには泣くぞコラ」
大口を開けて笑うイギリスをじっと睨む。彼はしばらくそうしていたが、笑いすぎたために目尻に浮かんだ涙をさっと拭うと、急に真面目な顔で、フランスを見つめた。真剣だがどこか苦しそうで、手負いの獣が悶えているような、そんな表情である。
「フランス」
「何よ」
「お前は、可愛かったよな」
イギリスの、エメラルドグリーンよりも少し暗い瞳をじっと見つめる。遠い昔、まだイギリスが芋虫のようだったころ、フランスは彼の瞳をオリーブの実みたいだと言ったことがある。イギリスの瞳の色はあれから一つも変わっていない。昔と同じ、悲しみで濁った緑色だ。
「…それは、どういう意味」
「昔の話だ」
そう言ったきり、イギリスはもうフランスの方を向かなかった。
何それ。
フランスは腹が立った。同時に酷く傷ついてもいた。イギリスの傷はまだ癒えていないこと。決して自分を許してくれないのだということ。大きくなると、知りたくないことばかり気づかされていく。
「…うん。俺、美少女だったからね」
平気で俺を傷つける坊ちゃんが嫌い。アメリカばかりに笑顔を向ける坊ちゃんが嫌い。でもあの時坊ちゃんの笑顔を裏切った自分が、一番嫌い。
「フランスは男のひとだから美少女はおかしいぞ!」
声を荒げるアメリカの頭を、イギリスがそっと撫でまわす。視線はアメリカだけに向けられ、そうしてまたその笑みもアメリカのためだけにある。
フランスはアメリカの正しい指摘に笑いながら、今にも涙が零れそうだった。



(可愛い子には気をつけて/2010.11.22)
作品名:可愛い子には気をつけて 作家名:ひだり