あなたなしでは
好みがはっきりしているのは、知っている。必ずしもそれが平均的でないことも、知ってはいる。すきなものはすきなので、そこに理由はいらない。そもそも否定することもないのだろう。
手前にセットした途端、濃厚な香りが鼻孔に侵入する。次にその奇跡のような色彩で構成されたプリンの、最も贅沢な中央の部位を飾りの愛すべき生クリームごとスプーンで軽く抉れば、断面は幸せの形を覗かせた。さて本日これで何個目だったっけか。
指の中ばに付いたクリームを指ごと唇に引き寄せ舐めとり、甘いなと苦笑いを零すくらいに静雄さんの味覚は自分と近いものではない。くすぐったさにとらわれながらも改めて分かる。だがむせ返る程の愛情尽くしを詰め込まれる。おかわりも既に控えている。ああ、幸せ。
甘味の席に付き合ってくれている恋人へ意味あり気にうっすらと微笑む。笑みの分類から取り敢えず上機嫌であるとは察し、連られて静かに微笑する静雄さんはいいひとで、恋人にするにもいいひとだ。
日頃は邪魔者を撃退する際に毒や辛いことも乗せる舌の上で、甘いものがとろり蕩けては流れていく。その幸福感に頬を弛緩させるのは、普通だと思う。
ただ、キスをする時にいつも甘い味になるのは、少し配慮した方がいいのかなと気に揉んだりはする。嫌な顔も見せないで受け入れてくれる静雄さんは、僕のことを大いに甘やかし過ぎていると思ったり。
以前一度きり、虫歯になったことがある。
奥まで響いて痛む歯にショックで、その日の内に歯医者さんで治療をして貰い、安静にして下さいと念を押されて意気消沈しつつ帰宅した。
甘味が、禁止。そう言い聞かされただけで打ちのめされた。今振り返ると過剰な反応だったと恥ずかしながら認めはするが仕方ないことも認める。
付き合い始めたばかりで、それでもその頃から優しい静雄さんは、くっつき始めのばかっぷるによくある初々しいおやすみなさいの電話で僅かに沈んだ声に気付いて心配した。夜更けにも全く構わず、慌てた勢いで幾つかの公共物を凹ませながら恋人の処に駆けつけるくらいに。
前言を撤回する。生きていくのに必要な甘味を、どうしても選ばざるを得ないと感じるから。そうして、溺愛する甘さのただ一つだけを選ぶ。補給を得られないとそれは即死活問題に発展するし、今では甘味があなたと出逢うまでの繋ぎに思えてきてしまっているので。