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白粉花、あかく

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―白粉花、あかく


「さすけぇ!空が遠いぞ!」
空を見上げて叫ぶ弁丸。
はしゃぐ声が山中に響く。
佐助も同じように高く青い空を見上げた。
「あー、もう秋だねぇ。」
呟いた言葉に、弁丸はぴょこんと頭に疑問符を浮かべる。
「空が遠くなったら秋なのか?」
「あー、うん。まぁ、そういうよね。」
何故遠くなるかなんて聞かれると困るな。と思いながら佐助は曖昧な笑顔を浮かべる。
幸い弁丸は、そうなのか。と呟いただけでそれ以上つっこんでこなかった。
ほっと胸を撫で下ろす佐助。
どうやら今回は、地雷を踏まずに済んだようだった。
弁丸は好奇心旺盛な子どもである。
もしかしたら子ども全般がそうなのかもしれないが、少なくとも佐助が今まで見た子ども、特に里に居た子どもと比べると、弁丸は段違いに好奇心旺盛で、さらに自分の抱いた疑問を口にすることに、何のてらいもない子どもだった。
弁丸と一緒に過ごしていると、必ず、これはなんだ、あれはどうしてだと尋ねられることになる。
いやいやながらもそれに対応しているうちに、佐助は色々なことを覚える羽目になっていた。
子どもの遊びだとか、団子が何でできているかだとか、花の名前だとか、そういうことについて。
全部、忍にはいらないことばかりだ。

くいくいと服の裾がひっぱられて、佐助は顔をあげた。
「この花は何というのだ?」
黒く大きな瞳が真っ直ぐにこちらを見上げてくる。
佐助は小さな手が指差す先を一瞥して答える。
「女郎花。」
あぁ、すぐに名前が思い浮かんでしまう自分がかなしい。毒されている。
そう思いながらも、問われたら答えてしまう。
答えなかったら答えなかったで面倒だからだ。
ただそれだけだ、と自分に言い聞かせる。
「これは?」
「撫子だね。」
「この甘いのはおれもわかるぞ!金木犀だ!」
甘い香りを放つ橙の花を指して笑う弁丸。
「正解。」
頭を撫でながらそう言ってやると、弁丸は心底嬉しそうに笑う。
弁丸のその表情が、佐助は嫌いではない。
あぁ、くそ。やっぱり毒されてる。
「さすけ、これはなんだ?」
弁丸がまた、花を指差す。
紅の花を見て佐助は答えた。
「あぁ、それは白粉花だよ。」
花から弁丸へ視線を戻すと、弁丸は顔を真っ赤にして、ふくれっ面をしていた。
怒られる理由が分からない。
きょとんとしている佐助に、
「さすけめ!またおれをからかう気だな。
 白粉が白いことぐらいおれも知っておるのだぞ!」
と言って、ぷんぷんという擬音が聞こえてきそうな様子でむくれる弁丸。
どうやらこの前、鳶を鷹だと、嘘を教えたことを根にもっているらしい。
佐助の自業自得である。
(白い白粉花もあるんだけどなぁ。)
心の中で呟きながら、佐助は目線をあわせるべくしゃがみこむ。
「白粉花は花じゃなくて種が名前の由来なんですよ。
 種の中に白粉みたいな白い粉が入ってるから白粉花。」
言いながら種を探すが、あいにく種の姿はない。
タイミングの悪さに舌打ちしそうになるが、それは堪えて笑顔を作る。
「今は無いみたいだからまた今度来ましょうね。
 その時、ちゃんと嘘じゃないって証明しますから。」
証拠がないのに信じてもらえるかどうか。
内心どきどきしながら弁丸を見つめる。
弁丸はしばし迷うそぶりを見せたが、
「ぜったいだからな!
 それでうそだったら、もう佐助におやつをわけてやらないからな!」
と言って、弁丸は小指を差し出した。
小さくて手は紅葉のように赤くなっている。
佐助は少し考えた後、その小指にこたえることなく立ち上がる。
そして、その一足早い紅葉を握り締めた。
佐助の行動に弁丸は赤い頬を膨らませながらも、その手にひかれるように歩き出す。
色づき始めた木々の中歩く二人を、秋の花々が見送った。

作品名:白粉花、あかく 作家名:キミドリ