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菊、分裂。【APH】

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久々に会った弟は、以前と全く変わっていないように見えた。

「……会いたいなんて、お前の方から言い出してくるとは思わなかったあるよ」
 しかもかなり唐突あるねぇ、と中国は警戒を隠す様子もなく先を歩く日本に視線をくれた。しかし彼の方はといえばそのことを気にする様子など微塵も見せず、そうですね、と相変わらずいまいち感情を読み取りづらい声で返しただけだ。
 数年前――もう十年ほど前になるだろうか。日本と中国の間での大きな戦争が勃発して以降、二人が個人的に会うことなどなかった。最後に顔を合わせたのは終戦の条約の調印式。それも公的なことなのだから、私的な話など出来る訳もなかった。
 だから此度、わざわざ日本が上司には内密に、と念を押してまで個人的に会いたがったのは、中国にとっては全く想定外のことだったのだ。罠かと思ったが、日本はそこまで器用なことを出来る性格ではないことを中国がよく知っている。なんと言っても生まれてからずっとその成長を傍で見守り、文字まで教え、世話をしていたのだ。日本のことを一番よく知っていると言っても過言ではない。
 ……だから中国は、未だ警戒こそ解けずにいるものの、こうして夜中にひっそりと、弟に会いに来た。勿論武器の類は持っていない。見たところ、日本も何ひとつ持っていないようだった。
 ゆっくりとした歩調で竹林を抜けていく。最初に出会ったときのことを思い出しながら中国が歩いていると、不意に日本が歩みを止める。
「ここです」
「――ここ、は?」
「私の家です」
 二人の正面には立派な造りの一軒の平屋があった。もう大分前に建てたものなのだろう。門をくぐれば、きちんと手入れされている木々が見える。
「わざわざ家に連れてきて、何をする気ある?」
「別に何をする気もありませんが、そうですね、見せたいものがあるのですよ」
 日本は何故か玄関から入ろうとはせず、家の裏手の方へ歩いていく。戸惑いながらもその後ろに着いて行けば、通常よりは少し大きめの蔵らしきものが見えてくる。そちらの方に何かしまってあるのだろうか。日本は不意に足を止め、蔵の前で一度中国の方を振り向いた。
 月明かりの下で、黒曜石の瞳が微かに揺らいだ気がした。それは迷いと言うよりは、切なさを感じさせるような微細な起伏。
「――ひとつ、約束してもらえますか?」
「内容にもよるある」
「簡単なことですよ。ここで見たことを、内密にしておいていただければいいのです」
 どうです? と首を傾げて問いかける日本に、数秒逡巡したものの頷いて見せた。
 ここまで来たのだ。今更引き返そうとは思わない。
「……分かりました」
 日本はそれ以上感情の変化を見せず、何も言わないままに建物の扉を開く。月明かりで中が照らされている。どうやら蔵ではなく、離れらしい。土間もあり、床は板張りだ。恐らく母屋をそのまま小さくしたような感じなのだろう。だが一人暮らしの日本にとって、離れなど必要は無いはずだ。
 そう中国がいぶかしんだ瞬間、日本は誰もいないはずの建物の中に向けて呼びかけた。
「あにうえ」
 と。
「――――」
 中国が驚きに目を瞠る。
兄上。日本は確かにそう言った。しかし彼にとって兄である人物といえば、自分以外に思い当たらないのだが。しかし、日本は自分に向けて呼びかけたのではない。離れの中を見ていたのだ。
 日本は動かない。中国は混乱して、身動きが取れないままだ。
 奥から返事はない。しかしその代わり――ギシリ、と床が軋む音が、した。
「!」
 おかしい、中国が知る限りこの家には日本しかいないはずなのだ。たかだか十年やそこらで同居人が増えるとも思わない。
中国はドクンドクンと心臓が煩く鳴り続けるのを感じて、胸をぎゅぅと押さえた。
「誰、あるか」
 目の前の日本が中国に一瞥くれて、少しだけ横にずれる。自然と、中国は床を軋ませている人物の姿をその両目でしかと捉えることとなった。
 月光に照らされ、ぼんやりと浮かび上がる身体。着物に包まれている身体は華奢であまり大きくない。顔はまだよく見えない。中国は目を細めて、すっと腕を下ろした。
 どくん、どくん、どくん。
 煩い、心臓が煩い。これは何の胸騒ぎだ。嫌なことが起こる感覚ではない――けれど何が起こるかの予測が全くつかないのだ。あぁいや違う、予感はしている、けれど、けれど。
少しずつ音が近づいてきて、そうしてようやく捉えることの出来たその人物の姿に中国は言葉を失った。
 背は低く、華奢な身体つき、東洋人特有の肌色、黒髪に黒い瞳、月明かりに照らされて柔らかな微笑を滲ませている顔は、中国がよく知るものだった。

「――お久しぶりです、中国さん」

 その声も、よく知っているものだ。
 目の前に広がる光景に、中国の頭はついて行っていない。いくら生きる国とは言っても、こんな状況に直面することなんてなかったし、想定もしていなかった。
 何も言えず凍り付いている中国に笑いかけ、その人物は少し距離をとっていた日本に手招きする。すると日本は警戒もせずにおとなしく『彼』の方に近づいていった。『彼』は日本の頭をそっと撫でてから中国に向き直る。
「……な、んで、あるか」
 中国は僅かに震える声で呟いて、日本と『彼』の顔を見比べた。
 小さく華奢な身体。東洋人独特の肌。短く切り揃えられた黒髪、こちらを見詰める黒い瞳、微細な変化をするその表情。瞬きの仕方まで。
 ――同じなのだ。全てが。
「紹介しましょう、中国さん」
 口を開いたのは日本ではなくて『彼』の方だった。
「私の……弟、に当たる日本です。そうですね、便宜上『きく』とでも名づけましょうか」
「……すごく適当ですね。それ、貴方の名前でしょう」
 むっとした様子の日本に、『彼』は小さく笑う。
「私は漢字で『菊』という名をいただきましたから。そこの中国さんから。貴方は平仮名できくです」
「口頭では分かりません」
 全く同じ声と口調でのやり取りに、中国の思考は混乱の一途を辿る。けれど、これだけはどうにか理解した――理解せざるを得なかった。
「……どうして、二人、いるあるか?」
 中国が呆然と呟いたその言葉に、微笑んだのは『彼』だった。

 久々に会った弟は、以前と全く変わっていないように見えた。
 事実、全く変わっていなかった。
 何故か二人に分裂していたことを、除けば。

*菊さん分裂序章。
作品名:菊、分裂。【APH】 作家名:三月