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ねこ の きまぐれ

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振り返ると、カーテン越しに陽の当たるソファに座ったエーリッヒは、何やら本を読んでいるようだった。
コーヒーのカップを片手に啜っていたのだが、窓の外を眺めているうちに温くなってしまったそれをテーブルに置いて、シュミットはソファの方へと足を向ける。
すとんと隣に腰を下ろすが、エーリッヒはちらりと視線を向けて小さく微笑んだだけで、また本に目を戻してしまった。
のぞき見ると、何やら小難しそうな機械工学系の本であるようで、読めばシュミットにだって理解できないものでもないが、基本的にシュミットは興味のわかないものに対しての理解を努力するような性格には生まれていなかった。
今現在、専ら興味のあるものと言えば、目の前の幼馴染みであるわけなのだが、そのエーリッヒの視線はずらりと文字と数式の並ぶ紙面に落とされたまま。
別にそれで機嫌を損ねたわけでもないが、こちらを向かないというのはなんとなく面白くない。
本を持つ腕をついと掴んで、それを支えに首だけ伸びあがる。
肩に、首筋に、顔をすり寄せると、

「…猫みたいですね」

喉でも鳴らすのかと思いました、と、くすくす笑っているのは触れられてくすぐったいからなのか、それともそんなシュミットをおかしく思ってなのか。
なんにしろ、機嫌のいい猫がそうするように、きゅっと目を細めて笑うエーリッヒの方がよほど猫のようだ、とシュミットは思う。
猫は嫌いではない。
むしろ、エーリッヒが時折猫を思わせることがあるから、それだけで好きになったといってもいい。

「鳴らした方がいいか?」

耳元に口付けながら呟くと、鳴らし方、知ってるんですかと返しながら、パタン、とエーリッヒが本を閉じた。
膝の上に置かれたそれが邪魔だと思ってエーリッヒの向こう側にぽいとどかしてしまったが、エーリッヒは少し笑っただけで何も言わなかった。
空いたそのスペースに、シュミットの片手が乗る。
胸とその少し上、今度は顎の下あたりに頬を寄せると、くすくすと笑う気配。

「喉でも、撫でましょうか?」

完全に自分を甘やかすときの声音が、すっかりエーリッヒの注意が自分だけに向いたことを知らせている。
小難しい書物から、愛しい幼馴染みを取り戻すのに成功したというわけだ。
だから、自然、シュミットの機嫌はよくなった。
なったのだが。

「いらん」

口に出しては、愛想なくそんな言葉を言った。

「そうですか?」

「ああ、いらん」

エーリッヒが呆れたように笑った。
こんな風に甘えてくるのに甘やかされるのは駄目だなんて、

「おかしなひと、ですね」

けれどそんな呆れ混じりの一言にさえ温かみを感じてしまうのは、紛れもなく相手がシュミットだからなのだと自惚れていい程度には、二人の心理的距離は近い。
おかしくなんてないさ、とシュミットは首筋に口付ける。

「猫は、気まぐれなんだ」

「……そうですね?」

「気の向くまま、したいようにする」

「まあ……、そうかもしれません」

僅かに思案顔になったエーリッヒは、身近な猫の様子でも思い浮かべているのだろうか。
ミハエルの動物好きが高じてか、宿舎の周りには鳥やら小動物やらがやたらとたくさんいるから、その中に猫を見ることもある。
エーリッヒも決して動物を嫌いではないから、時折猫とじゃれあうエーリッヒを思い出して、シュミットは内心で微笑んだ。
鼻の頭をぺろりと子猫に舐められて、擽ったそうに笑っていたのは悪くなかった。

「触れられるのがいやなら顔を背けるし、人間なんて相手にもしない」

「そうですね、」

「甘えたければ自分の気分で甘えるし」

「はい」

「触れたければ、勝手に触れる」

「気まぐれというより、我が儘ですね」

くすくす笑うエーリッヒの吐息が漏れて、シュミットの前髪に触れる。
温かいそれが、シュミットは大好きなのだ。
気まぐれでも、我が儘でもいい。

「お前は黙って、気まぐれに付き合え」

「……そうですね、それも含めて猫の魅力、ですから」

ふわりと、エーリッヒの右手が黒髪の頭に添えられた。
さらさらと零れる髪を愛おしそうに撫でて、

「それも悪くないです」

伸びあがって、頬で頬に擦りつけると、伝わる温もりがくすりと笑った。
間の距離がゼロになって、二人を隔てる空気さえなくなって、

「そういうところも、大好きですよ」

「猫の話か?」

「猫の、話です」

くすくすと笑いながら、吐息が絡んで、それから二人は重なって、温かな部屋の中には二人の触れ合う音だけが響いた。





 『 ねこ の きまぐれ 』

  2010.11.23

作品名:ねこ の きまぐれ 作家名:ことかた