匂い
「前々から思ってたんだけど、タクト君って…におい、あまりないよね」
難しい顔して何か悩んでいるかと思えば、ワコがいきなりそんな事を言ってきた
「…へ?」
思いがけない(いやきっとあまり言われないだろう)言葉に、タクトはきょとんと相手を見つめる
「えっと、ううん、最初からかもしれないけど。こう、近くにいてもにおいを感じないの!
普通だったら男の子独特のにおいっていうか、人それぞれの…っ」
「はーい!ワコさん!それ以上はやめておきましょうねっ」
女の子なんだから、とタクトは口を慌てて塞ぐ。ワコはそんな相手をじとっと見つめ、口をもごもごと動かしていた
「ま、まあ個性ってことで、納得してくれないかな…!」
ほら、そういう人っているっしょ!とにこーっと笑みを浮かべ(それは若干引き攣っていたが)、わたわたと目を泳がせている
気にしているのかもしれない
「…ぷはっ。むー、なーんか納得いかない」
「ワコさん…!?」
そうタクトは存在こそは強烈だが、意外に気配や体臭は薄い。いや、むしろないに等しいのかもしれない
スガタはそんな二人のやりとりを見ながら思う
(ちなみにまだ言い合って?いた。それはまるで子猫がじゃれ合うよう)
微笑ましいが少し面白くなく二人に近寄ると、ぐいっとタクトを引き寄せる
驚きに目を見開き、スガタ…?と不思議そうに見つめる相手の首に顔を埋め、確かめるよう息を吸い込んだ
「…うん、本当だ。におい、あまりないね(知っているが)」
ぴしりと固まるタクトに満足そうに目を細め、その柳腰に手を回し、より一層近付けさせる
(陰でワコはぐっじょぶ!とばかりに指を立てていた)
「す、すすすすスガタさん…!?」
「す、が多い」
「あ、ごめ…っ、じゃなくて!」
なにかな、この体勢…!?と混乱したような顔付きで胸に手を置き、仰ぎ見てくる
そんな姿は人を煽るばかりだというのに…タクトは分かってない、と思わず息を吐き、にこりと笑みを浮かべた
かかる吐息に体をふるりと震わせるが、相手の笑みに嫌な予感がしたのだろう。若干身を引くように体を押すが、どこにそんな力が出るのかスガタは離れる気配がない
ますます困惑した瞳で見つめてきて、何かを発しようとするタクトの口に指を当て笑みを深める(拒絶は聞きたくない)
そっと耳元に顔を近づけ、低く、甘く囁く
「…匂い、移らせようか?」
(むしろその口調は断定)
瞬間、顔を真っ赤にするタクトに、脈ありかな?と期待をするが、はくはくと口を次第に開け、
「わ、ワコーっ!!」
と、幼馴染に縋る姿に思わず力が抜ける
その隙に相手は慌てて身を引くと離れ、ワコの方へ振り向くと目を丸くしていた
何かと目を向けると、密集する女の子達
そういえばここは教室だったなと、今更思うが時既に遅し
広がり聞える妄想に、タクトは沸騰間近だ
「仕方がないな」
と、苦笑を浮かべ、相手の手を取るとスガタは歩き出す
縋るような目で見てくるタクトに少し変な気分になるが、良い事を思いついたとばかりに微笑を浮かべ体を引き寄せる
どうした?という表情で首を傾げるが、前の行動を思い出しタクトは若干警戒気味だ(それは屁でもないが)
「放課後デート、といこうか」
にっこりと満面の笑みをたたえ、楽しそうに足を進めるスガタにタクトは嫌だとは言えず、頬を赤く染めながら素直について行く
後には騒ぎ出す教室
詳細、後で絶対聞かせてねー!とやけに嬉しそうなワコの声(声援ともいうが)響いた
「何だかなあ…」
諦めた様子に小さく呟き、だが滅多に見られないスガタの様子に次第に柔らかく口は弧を描く
───手のひらから伝わる熱はとても心地よく、そして亀裂の走った心に深く何かが染み込んでいく
後日、登校してきたタクトにワコは「スガタ君のにおいがするね」と言い放ち、相手を沸騰させる
そんな二人にスガタはやっぱ子猫だな、と微笑ましそうに、少し嫉妬を感じたように眺めていた