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たとえば、もし。

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たとえばもし、静雄さんが死んでしまったら。




 少年は笑みを湛えながら、時折そう口にする。




 あぁ、静雄さんが僕より先に死ぬなんてことはないと分かってはいますよ。だか
ら、たとえば、もし。なんです。
 もし、静雄さんが死んでしまったとしたらって時々考えるんです。
 僕は今は静雄さんしかいなくて、静雄さんを世界のすべてにしている僕はとても
楽な生き方をしていて。だから、その楽な生き方を捨ててしまったらどうなるの
かなって。

 あ、別に悲しくない訳じゃないですよ。
 僕は本当に、静雄さんを愛してるんですから静雄さんが死んでしまうなんて何が
あっても阻止しますなよ。

 それでも、やっぱり考えてしまうんです。
 静雄さんがいなくなったら、僕はどうなっちゃうのかなって。
 純粋な興味です。

 涙を流すなんて安易なことしたくはないんですけど、やっぱり僕は泣くんでしょうか。
 静雄さんがいないことに悲しいのか、静雄さんがいなくなった自分を悲しんでいるのか分からないですけどね。
 え?嫌ですよ、泣くなんて。静雄さんがいなくなったことを、泣くなんて簡単な行動で精算したくないですから。

 だって人の涙の中には、感情が含まれているんですって。副腎皮質刺激ホルモンっていうストレス反応によって生成された物質が涙に溶け出して体外へと押し出される。
 辛いことや、苦しいことや、そういった体の中に溜め込んでいたら死んでしまう
ような毒を外に排出する機能の一環だそうですよ。
 精神のバランスをとるために、無意識に自己防衛がはたらくんでしょうね。
 人が生きるのは、体だけじゃないですから。心だって、毒に冒される・・・
 見た目の変化がない分、そっちの方がどこ深刻な症状を患っているか分からない
からこそウイルスよりよほど人を死に近付けるかもしれませんね。
 それはきっと、僕だって例外じゃない・・・

 ・・・あぁ、何の話でしたっけ。

 僕が泣くかもって話ですよね。
 だから、涙が自己防衛の本能で理性や感情で押さえきれないものだとしたら。
 辛いことも悲しいことも、意志とは違って勝手に心から排出されてしまうんでし
ょうね。


 ねぇ、これは本当にありえない妄想なんですけど、そうやって涙から静雄さんを
思う心まで流れて消えちゃうこともあるんじゃないかって思うんです。

 こんなにこんなに好きで、どうしようもないくらいなのに静雄さんがいなくても
平気でいられるかもしれない僕がいるかもしれない。

 もし、たとえば。静雄さんが死んじゃったら、僕はまた他の誰かのものになって
しまうかもしれない。

 そうしたらどうしますか?


 静雄さん。



 「そしたら」

 それまで黙って聞いていた静雄は、ふざけているようで、しかし瞳だけは真剣な
光をたたえてこちらを見上げる子供にこたえるために口を開く。

 「俺が死ぬ前に必ずお前も殺してやるよ」

 不安でしかたなくて、泣き叫びたいはずなのに平気なふりをしてありもしない未
来を語る子供を安心させるために。

 「死んでたって、お前を殺すまでは死んでやらねぇし、誰にもお前は渡さない」


 細い首に手をかけながらそう言えば、愛しい子供はとてもとても幸せそうに、残
酷なほどきれいに笑った。


作品名:たとえば、もし。 作家名:霜月十一