夜の花
はあ、と手に息を吹きかけ、空を見上げる
手袋もしないで外に出たのは失敗だったかもしれない
だが夜にだけ咲く花、というものがどんなものか気になってしまったからには仕方がない、と
そう自分に言い聞かせ寒空の下、身を竦ませ歩く
時折身を裂くように冷たく風は吹き、元来体温が低い(これは意外に驚かれる)タクトは氷のような手の温度に顔を顰めた
「寒いな…」
それは心か
仲の良い友人たち──ワコとスガタとの間に流れる独特の雰囲気を思い浮かべると何故か苦しい
「……苦しい?」
先程浮かんだ想いに、はた、と足を止めた
まさか、な、と小さく呟き、頭を勢いよく振り思考を追いやる(その姿はまるで子犬のようだが)
何かが掴めそうだが、これは考えてはいけない事
そう無意識にストッパーをかけ奥深くへと押し込み、気を取り直すと昼間聞いた花のある場所まで足を運ぶのであった
部長曰く、それはとても神秘的だそうだ
強く香る匂いは感覚をも楽しませる、と
学校で聞いた時タクトは、速攻で生える場所を聞いた
(だって見てみたいじゃないか)
「とうちゃーくっ」
悶々としていた気持ちを吹き飛ばすかのように、声を大きく張り上げ森のある所に出る
楽しげに周りを見渡し、花を探すその姿は見ている者がいれば和ませるだろう
「うーん、まだ咲いていないのかな…?」
すると突然、風が強く吹き、何処からともなく花びらが舞い上がった
「…う、わあ…」
そこは木々の隙間から月の光が漏れ、白い花弁がそれに反射する景色が広がる
きらきらと淡く色づいたように空へ舞う姿はまるで、雪のよう
タクトは寒さも忘れ、ただ、ただ、魅入る
「──風邪、ひくよ」
と、後ろから突然声が聞えると、ふわり、首に何かが巻かれ驚きに振り向くと、そこには呆れたように…だが瞳は優しげに細め、見つめてくるスガタがいた
「す、スガタ。何でここに…?」
ぽかん、と口を開け、不思議そうに見つめる
だが巻かれたマフラーに気付くと、有難う、と照れたように笑みを向けた
「…僕も気になったからね。…それにタクトと見てみたいと思ったから」
どういたしまして、と、そっと相手の頬に手を当て微笑を浮かべるが、その氷のような体温にスガタは眉を顰める
最後の呟きは聞えず、どうした?と首を傾げると、むっとした様子で引き寄せられ、す、スガタ!?と驚きに声を上げた
最近、やけに触れてくる相手に、タクトの頬は真っ赤に染まり、何とか離れようとするが逆に包み込まれるように抱き寄せられる
「……冷たい」
少し不機嫌そうに小さく零すと、熱を与えるかのようにタクトの体をスガタはぎゅっと抱きしめた
「あ、えーっと、風も強いからな…っ」
ひ、冷えたんだ、と何故か焦り、今の状況に混乱する
(ただ、暖めているだけだよな…!そうだよなっ?)
相手の顔も見えない程抱き込まれ、唯一動く手でスガタの背中を軽く叩き、もう大丈夫だから離れてくれないかな…?と訴えた時、
「…あ…」
ふんわりと甘い匂いが、辺りに漂う
「…これは…あの花の香り、だね。
ああ、開花が始まったんだ…」
スガタがぽつりと呟き、ほら、と視線を促す(もちろん離れないで)
「…?わ、すごい…!」
指差す方向にタクトは目を向けると、先程まで見つけきれなかった夜の花が次々と花開く
部長が言ったとおり、それは強く香り、色んな感覚で楽しめるのであった
「綺麗、だな…」
「ああ…」
いつの間にか寄り添うように花を見つめる二人
タクトは無意識に相手の肩へ凭れ掛かり、その様子をスガタは柔らかい瞳で微笑を浮かべ眺める
────花はそよそよと揺れ、ひと時を壊さないよう、応援するかのよう静かに咲き誇っていた
後に部長からその花が咲く場所は恋人たちのデートスポットだと聞き、タクトは思わず赤面する
そんな姿にワコたちは興奮し、次々に質問しようと詰め寄ってきた
スガタに助けを求めようと視線を向けると、くすくすと楽しそうに笑っている様子に思わず脱力
なんだかなあ、と最近口癖になった言葉を零し、苦笑を浮かべる
───ことり、と、タクトの中で何かが動く気配がした