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ちょこ冷凍
ちょこ冷凍
novelistID. 18716
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ウルエ

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頭の上で携帯が振動し、慌ててアラームを止めた。
 午前四時。二段ベッドの上段でまだ眠っている弟を起こさないよう、荷物と着替えを持ってそっと部屋を出る。
 簡単に身支度を済ませてキッチンに入ると、何か違和感を感じた。ぐるりと一周見渡して、目が止まったのは炊飯器。
 こ……米だ。米が、炊けてない……。
 その場に崩れ落ちそうになりながら、昨晩の様子を思い出す。部活を終えて帰宅し、遅い夕食を取っている間に姉がタイマーをセットしてくれていたのを見た。確かに見たはずなのに……。まさか失敗したのだろうかと表示を見ると、予約時間は午前六時になっている。
 六時……?
 まだ半分も動いていない脳を無理矢理稼働させてようやく事態を把握し、今度は本当に頭を垂れて座り込んだ。
 今日、朝練無いんだった……。
 朝練の開始時間が五時になり、絶対寝坊は出来ないと気を張っていた所にアラーム時刻を変更し忘れるという凡ミス。貴重な睡眠時間を三時間も無駄にしたオレはノロノロと立ち上がった。
 もう今更二度寝は出来ない。どうせなら、徹底的に有意義に過ごしてやる。
 とりあえず朝食を取ろうと冷凍してあったパンを焼き、夜の内に姉が用意しておいてくれた昼の弁当のおかずも食べてしまう。ちょっとサイフには響くが、昼食は学食で食べれば良い。
 食器を洗い、歯を磨いてなるべく静かに玄関のドアを開けてポストから朝刊を取った。それをダイニングテーブルの上に置いてから階上の物音に耳を澄ましてみるが、家族が起きてくる気配は無い。姉には後で事情をメールをすればいいかと靴を履き、再び外に出ると家の前にさっきは無かったはずの見慣れた自転車と見慣れた黒髪が見えて、慌てて駆け寄った。
「はよー。阿部、どーしたの?」
「お前こそ何してんだよ」
「アラームの時間、設定変えるの忘れちゃってさー。せっかくだから、自主練でもしようかと思って」
「あー。まーオレも似たようなもん。そしたらお前が家から出てくるのが見えたから待ってた」
「なんだ、オレだけじゃなかったかー。他にもいるかもしれないね」
「だな」
 そう言って、阿部は自転車を漕ぎ出した。オレも自転車に跨り、後を追う。
 人気の無い、早朝の明るい道を走る阿部の白い背中が眩しい。
 何となくその光景を見ていたくてわざとゆっくり付いて行ったが、しばらくするとオレがいつまでも追いついて来ない事を不審に思ったらしく、阿部が自転車を止めて振り返った。
「腹でもいてーのか?」
 横に並んだ途端に眉間に皺を寄せながら問われても本当の事を言えるはずもなく、何でもないよと笑って誤魔化すと、怪訝な顔をしながらもとりあえず引き下がる事にしたらしい阿部が、再びペダルに力を入れようとして、あ、と呟いた。
「何?」
「あそこ、何か建つ予定ねーの?」
 阿部が指さした方向に目を遣ると、店舗が建ち並ぶ通りの角地に草むらが見える。
「うーん。たまに草を刈っているおじさんがいるから、管理はされてるみたいだけど……」
「こんなに立地条件の良い所、もったいねーな」
「オレも時々入り込んでキャッチボールとかしてたし、この辺の子供にとっては今のままでいてくれた方がありがたいよ」
 そう笑うと、阿部はオレをじっと見てから無言で空き地に向かって行った。それが何を思っての行動かわからなかったが、まあ阿部の言葉が足りないのはいつもの事だし、と自転車を止め、オレも草むらに分け入る。手入れをしたばかりなのだろう。刈られた草は放置されていたが、足下は十分確認出来る状態だった。

 下を向いたまま熊の様に歩き回っていた阿部が、急に立ち止まってしゃがんだかと思うと、栄口! と低く大きな声を出してから何かを投げて寄越した。
「うわっ!」
 まるでホームからの送球の様なそれに反射的に手を出すと、掴んだのは軟式のボール。
 阿部は、これを探していたのか。
 多分本人は笑っているつもりであろう満足気な表情で、阿部が右手を挙げているのが可笑しくて可笑しくて堪らない。爆笑しながら投げたボールは阿部の頭上高くに飛んでいった。
「ナイキャ!」
「ひでーコントロールだな!」
「阿部が面白いのが悪い!」
「人の所為にすんな!」
 投げる度に叫びながら笑っているから、阿部も、オレも、すぐに息が切れてしまう。
「だ……らしねーな……!」
「どっ……ち……が……!」
 相手が根を上げるまで止める訳には行かない負けず嫌い同士の勝負は、二人の中間地点までしか飛ばなかったオレの投げたボールを、阿部が取れずに地面に落とした事で決着した。
「……か……った……!」
「は……? そう……きゅう……ミ……ス……だろ……」
 よろよろとボールの落下地点まで歩み寄り、どちらからともなく腰を下ろす。もう制服が汚れるとか、そんな事にまで考えが及ばなかった。
 呼吸が整うまで二人黙って雲の少ない空を見上げる。
 不思議なくらい何も頭に浮かばず、ただひたすら風の流れと草の香りを感じていると、どれぐらい経ったのか、視界の隅で阿部が動き出した。
「六時だけど、どうする?」
 携帯のサブディスプレイで時間を確認してから、再びそれをポケットに突っ込んだ阿部に問われて考える。
「んー、阿部さえ良ければ、もうちょい、このまま」
 心拍数はとっくに落ち着いていたが、久しぶりに味わうこのゆったりした空気が名残惜しくてそう答えると、阿部は今まで見た事が無いぐらい穏やかな表情で笑っていた。

 それから二人で、ぽつぽつと話をした。
 野球の事。チームの事。
 進路の事。家族の事。
 将来の事。
 春休み以降ほぼ毎日二人きりの時間があったというのに、呆れるぐらいお互いの事を知らなくて、それだけ部活の事しか頭に無かったんだな、とまた阿部が笑う。
「まあでも、こうやって阿部と話せて良かったよ。二人とも実家に残るつもりならさ、これから先もずっと一緒に野球できるんだし」
 よろしくな、と阿部の顔を見ると、一瞬驚いた様に垂れた目を大きく見開き、そのまま勢い良く膝の間に顔を埋めてしまった。
「あれ? 阿部?」
「お前さー……、よくそんな恥ずかしい事言えるな」
「何だよ、どこが恥ずかしいんだよ」
「全部だよ!」
「……ふーん。阿部は卒業したらオレとは連絡も取らないつもりって事かー」
「そんな事言ってねーだろ!」
 ムキになって大声を出した阿部が、ガバッと顔を上げた。その色があまりに真っ赤で、思わず吹き出してしまう。
「阿部……何その顔……!」
「人の顔見て笑うとか、お前随分失礼な奴なんだな」
 不貞腐れて立ち上がり、こちらを振り返りもせずに自転車を停めてある方へと向かう阿部を宥めようと、追いかけて腕を肩に回した。
「ごめん。悪かった」
「うぜー。腕どかせ」
「そう言うなって。一生の付き合いになるんだからさ、仲良くやろーよ」
「だからそれが恥ずかしいんだって言ってんだろ!」
 そう言うと阿部は無理矢理オレの腕を剥がし、顔を背けて自転車の鍵を回した。その耳の色から、今の阿部の顔色が判断出来てしまう。込み上げて来る笑いを噛み殺しながら、オレも学校へ向かう準備をした。
作品名:ウルエ 作家名:ちょこ冷凍