秋によせて
「さかえぐちー、どうした? 具合悪い?」
「いや? 何ともないよ」
「何だー。コップ握りしめたまま動かないから、気持ち悪くなったのかと思って心配しちゃったよ」
「あはは、ごめんごめん」
「そんなに真剣に何見てたの?」
「んー、蟻」
「あり?」
「ほらここ」
中途半端な体勢のオレには一切気付かず、水谷が栄口の隣に並ぶ。他人を拒絶する事が苦手な栄口と、他人との距離が近過ぎる水谷が頭を付き合わせて地面を観察している姿を後ろから睨むように見つめていたオレは、相当目つきが悪くなっているのだろうがそんなのどうでも良い。
「こいつ、さっきから一匹でうろうろしてるんだよね。もしかしたらみんな冬眠しちゃって、巣がわからなくなったのかなーと思ったらなんか悲しくなってきちゃってさー」
「さかえぐち、やっさしー!」
何がやっさしー! だ。胸の前で手なんか組んでんじゃねーよキモチワリー。栄口も、誰にでもヘラヘラ愛想振りまくな。
思い付く限りの悪態をこれでもかと心の中で叫び、それを飲み込んで代わりに大きく溜息を一つ吐くと、それに気付いた栄口が急に振り返った。
「阿部、どーしたー? 疲れてんの?」
「あー、まあ……。さすがにキツい」
「そっか、阿部でもキツいならしょうがないよな。オレだけじゃなくて安心した」
今さっきの自分勝手ないちゃもんを無かった事にしてくれるなら土下座も厭わないような笑顔で、さりげなく気を遣われるのがくすぐったい。それがオレに対してだけではないとわかっていても、疲労回復と精神衛生に抜群の効果を発揮した。
「あ、さかえぐち! 仲間発見!」
穏やかさを取り戻しかけた途端、オレの心を間の抜けた声が再びささくれ立てる。
「本当だ! エサ運んでる! 良かったー。安心したよー」
「女王様に働いてこい! って言われてんだよ、きっと」
「蟻も大変なんだなー」
アホみたいな会話をキレかけながら聞いていると、遠くから集合! と一声で身を引き締めさせる高音が響いてきた。
「オレ達の女王様がお呼びだ」
「さて、もう一働きしてくっか!」
素早く立ち上がった栄口が、ノロマな水谷の手を取って引き上げる。
「阿部も、ほら」
もう片方の手を差し伸べられ、思わずそれに縋ってしまったオレはきっと苛立ちと照れくささが綯い交ぜになった奇妙な表情をしているんだろう。
誰に言われなくとも、オレ自身がそれを一番よくわかっていた。