低血圧
「……しまった、なあ」
与えられた部屋で窓の外を眺め、ぽつり小さく呟くと、溜め息を吐くタクト
今日夕飯を一緒にしないか?とスガタに誘われ、苦学生の僕はもちろん喜んで誘いにのった
…まではよかったんだが…
外は降りしきる雨。意外に風が強い
というより、これは豪雨だ
これでは寮に帰るのが困難だ、と困り果てたところ、泊まっていけばいいというスガタの言葉に頷いた
…少しまずかったかも、という思いを心の片隅に浮かべて
「まあ、ばれなければいいし…」
大丈夫大丈夫、と若干不安そうに零しつつ、寝床につくタクトであった
──────
「…遅いな…」
中々現れない相手に眉を顰め、そういえば昨夜はあまり顔色がよくなかったと思い出す
体調を崩したのだろうかと、心配気にタクトがいる部屋へとスガタは向かった
こんこん
「タクト?入るよ」
扉をノックすると反応がない事にますます疑惑を深め、中へ入るとそこには…
「…タクト…?」
ベットの上で体を起こしてはいるが動く気配のないタクトがいた
まさか熱が?と相手にそっと近付き顔を覗くと、額に手を当てるため腕を上げたところ、ゆったりとした様子でスガタにタクトは視線を向ける
その様子はいつもと違い、据わった目でじっと見てきた(それはまるで睨むよう)
「…何?」
声も低く、抑揚がない
「…あ、えっと、昨日顔色がよくなかったから…」
体調でも崩したのかと…、としどろもどろで話す(この僕が、だ)
それほどまでも、この姿のタクトは──何故か怖い
「別に……うっ…」
いきなり蹲る様子に、どうした!?と慌ててベットに片足を乗り上げ肩を掴む
すると、ぱちっと音が鳴るよう目を見開くと、近くに(それはもう顔がくっつく程だった)相手の姿にタクトは顔を青褪め、やってしまった…!と思わず唸った
「あ、あう、えと…ご、ごめん…!…あッ」
勢いよく頭を下げようとすると、ごちっと痛そうな音が響く
いまだ肩は掴まれたまま、しかも顔が近い、それもあって額をぶつけてしまったのである
「~~ッ」
「い、いったーっ ああもう、重ね重ねごめーん!」
と叫んだところで、くらっと視界がぶれ、ベッドへタクトは急降下
スガタは額を押さえたまま、もう一度どうした?と今度は慎重に近付く
ううう、と同じくぶつけたところに手を当て、タクトは唸っている
しばらくして落ち着いたのだろう、のろのろと手をどけ深々と息を吐く様子はスガタの感情を揺さぶってきた
(あ、これやばいな…)
無意識に(いや意識的だったかもしれない)、覗き込んでいた体を動かし腕で囲う
そのまま顔を近づけようとした時、…僕、低血圧なんだ、とタクトは苦笑を浮かべ見つめてきた
(その際、近い距離に不思議そうに瞬いていたが特に気にした様子はない)(それはそれでなんか悔しい)
「なんか、様子違っただろ?…最近寝不足でさー。それに拍車をかけたんだろうね
僕、起きぬけってすっごい機嫌が悪いんだ。もう二重人格か!てほどらしいよ」
…と言っても聞いただけで、僕は覚えてないんだけどね、と可笑しそうに目を細め、ごめんなと頬に触れてくる
「…何が?」
触れるその冷たい指に手を重ね、目を細め尋ねるが恐らくタクトは気付いていたのだろう
──僕の瞳が恐れるよう、色づいていたことに
無関心になったと思った
冷たく突き放されることがこんなに怖いとは…
ワコもこんな気持ちだったのかな…
本当僕ってひどい奴、と心の中で零し、ふっと目を伏せ、重ねた手を握り込み指を絡めるとタクトの肩へ顔を埋める
スガタ…?と首を僅かに傾げるがそれ以上何も聞いてこず、タクトは手を握り返すともう一方の片手で頭を優しく撫でてきた
タクトから流れる優しい空気に何故か泣きそうになり、スガタは相手の腰に手を回すとぎゅっと抱きしめそっと息を吐く
しばらくして、ありがとう、と囁き離れようとするが、小さな悪戯を思い付き、ぴたりと止まるその姿にタクトはどうした、と心配気に尋ねてくる
いや、何でもないと首を振るともう一度ありがとう、と礼を言うや否や頬にキスを落とし、今度こそ離れにっこり笑う
(だってなんか悔しいじゃないか、…やられっぱなしは)
ぴしっとタクトは固まり、次第にはくはくと口を開け閉めする姿は可愛い
くすくすと笑みを零し手を引くと起き上がらせ、
「お腹、空いたね。さあ、朝食にいこう」
いまだ頬を染めるタクトに嬉しそうに促す(だが笑いを耐えるようその肩は微妙に震えていた)
「……ち、ちっくしょう、先に行く…!」
ぱっと離れると、べっと舌を出し、慌てた様子でタクトは駆け出す
今度こそスガタは楽しそうに大きく笑い声をあげ、通り過ぎる使用人たちを目を丸くさせていたのだった
────早く落ちないかな?
その時が待ち遠しい、と密かに笑みを零し、背中を追いかける
後にその話を聞いたワコはずるい!と頬を膨らませ、スガタを睨みつけてくる
(それはタクトのそんな姿が見れなかったという事だろうが)(それとも二人の絡み合い…?)
若干背筋を冷たくさせ苦笑いを零していると、ご心配なく、と素早く(いつの間にか撮ってあった)写真を見せるジャガー
きゃいきゃいと騒ぐ彼女達に不思議そうに首を傾げるタクトに、そのままの君できてくれと祈るスガタであった