二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

とまどい

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
招かれたシンドウ家で、タクトは一人応接間で手持ち無沙汰で待っていた。一緒に帰ってきたスガタが着替えてくるというのでここに通されたのだった。
(なんだが、ワコ抜きでスガタん家ってのも不思議な感じがする)
 洋風の広い屋敷は高級ホテルのようだ。部屋から海が見渡せるよう作られた大きな窓は、しかし日の沈んだ今はカーテンに覆われている。その分、部屋はライトの柔らかな光が灯され、昼間よりも落ち着いた印象があった。足音が吸い取られるような絨毯を楽しみながら一頻り見回しては、毎度のことのように感心していたが。すぐに手持ち無沙汰になってしまっていた。どっしりとした立派なテーブルを囲むソファに腰を下ろす。
 先程、メイド姿のジャガーが紅茶を持ってきてくれたので、呼び止めていれば話し相手にもなったろうが、タクトはそれをしなかった。彼女の瞳が何か聴きたそうにこちらを見ていたことは解っていたが、上級生の彼女になんと声をかけていいのか解らなかったからだ。
 それだけではない。タイガーとジャガーが去った後、夕日の波打ち際でスガタとタクトがどうしたのか、そのこと自体を話したくなかった。……というよりは、話せない、というべきなのかもしれない。なんせ──
(全っ部ぶちまけちゃったもんなぁ。まだ頭ん中ごっちゃごちゃ)
 改めて周りを見回すと、小さなテーブルの上に、周りの家具に合わせたわざと古めかしいコード式の電話があった。ちらりとそれに注目し、しかしすぐに前に目を戻し、タクトは静かに目を閉じた。ゼロ時間での激闘で乱れた呼吸はもうとっくに治まっている。けれど、心臓はいつもよりとくんとくんと高く鼓動を刻み、まだ少しの興奮状態にあることを告げていた。
(まいったな)
 思い浮かぶのは激昂するスガタだ。今までのタクトの人生において、誰よりも深くに踏み入ってきた、あの時の言葉が、衝撃が蘇る。
『僕は出会ったときからずっとお前に興味を持っていた!』
 スガタが自分に興味を持っていたことは解っていた。むしろ、この学園で、海を泳いで渡ってきたタクトに興味を持っていない人間の方が少ない。自分自身無茶なことをしたと今でも思う。
 シンドウ家の天井を見る。この島に流れ着いて初めに見たのと一緒の天井だ。あの時、タクトを見つけてくれたのはワコだったと聞いている。だから彼女に興味を持った。そして、荒野に咲く花のように健気に強くあろうとする前向きな彼女を知るにつれ、好意を持ち護りたいと強く思うようになった。そんなワコが必要としているのがスガタだ。タクトにとってのスガタへの興味とはその程度だった。これまでは。
『試したんだろう!? 自分の生き死にを』
 記憶の再生なのに、鼓動が一拍だけ跳ね上がる。まさか、あの無茶の意図に気がついている相手がいるとは思っていなかった。海を泳いできた男。銀河美少年。誰もがそんな表面だけでタクトという人物を把握しているのだと思っていたのだ。
『僕の目は誤魔化せない』
 否。きっと、スガタだからだ。あの日あの浜辺で、ワコだから倒れているタクトを見つけてくれたのと一緒で、自分と同じであるスガタだからこそ、タクトの真意を理解できたに違いない。そして、それは。タクトにとって、この島で目を覚ました時に感じた高揚のように、焦がれるほどに望んでいたものだった。
「シンドウ・スガタ……」
 まだまだ彼のことで知りたい情報が沢山ある。彼を知ることで自分の何かが解りそうなそんな予感さえする。
「──呼んだ?」
 と。
「どぅわっ!!」
 思い描いていたその顔が、いつの間にか目の前にあってタクトは仰け反って叫び声を上げていた。これが教室の椅子だったら、引っ繰り返っていたところだろう。大人もゆうに寝そべられるほどの大きなソファに座っていて本当によかった。
「お、遅かったな」
 騒ぐ心臓を宥めながら、タクト。しばらく落ち着きそうにないのは、いつの間にかスガタがいて驚いた所為なのか、あの呟きが聞こえていた所為なのかいまいち判断がつかない。そんなタクトが大袈裟に映るのか、クスクスとスガタが笑うので顔まで熱くなってきた。
「これでも急いで着替えたんだけどな。ノックもしたんだが……ごめん」
 一応謝ってくれたが、声がまだ弾んでいる。そして、気がついたように改めて、タクトが見ていた辺りの天井を見上げた。
「何を見ていたんだい? うちの天井の染み?」
「ないないないない。染みなんて! ちょっと考え事! ……してたんだ」
 染みなんてあるとは思えない天井を指してとんでもないことを言うお坊ちゃんに、勢いで正直に答えてしまってから。タクトは己が望まない方向にパスを出してしまったことに気がついた。案の定、無邪気にスガタが訊いてくる。
「へぇ、何を?」
 自然な仕草でソファに腰掛けてきた。座面に手をつき、覗き込んで来る距離が今までよりもずっと近くなっている気がした。いや、自分がスガタをこれまで以上に興味を持つようになったから意識してしまっているのだろうか。
「た、大したことじゃないよ」
 まさかお前のことだとは言えず、誤魔化すタクトの笑みは引き攣っていた。そんな挙動不審にも関わらず曖昧な相槌で流してくれたスガタだったが。笑みに紛らわせた瞳が僅かに細まり、鋭くこちらを窺っていることにタクトは気づいてしまった。
(あんな瞳で僕を見ていたのか)
 だとしたら、自分はあまりにも馬鹿だ。スガタの無関心に油断し、彼の何をも見ていなかったといっても過言ではない。まさに彼の言うとおりだ。自分だって、本気で人と向き合っていなかった。
 タクトがスガタの探りに気がついたことを、スガタもまた察したようだ。瞳の鋭さがさりげなく微笑みに紛れて消されてしまう。
「そうそう。じきに夕食の用意もできるそうだ。食べていくだろう?」
「スガタん家のメシ!?」
 気がつけば、座面に乗り上げ、スガタに向き直り申し出に飛びついていた。簡単に食べ物で釣られた自分を自覚した頃には、再び彼に笑われていた。
「それで気になったんだが、寮に門限とかはないのか? なんだったら、用意を早めるが」
 何気ない気遣いに、どきりと胸が高鳴る。意図せず、不意に目が泳いでしまう。こくりと覚悟を決める為に唾を飲み込み、強くスガタを見返した。
「門限はある。遅くなるなら事前に申告が必要だ。破ればペナルティもある」
「じゃあ……」
「でも、所詮寮生同士での監視だから、抜け道はいくらでもある」
「……タクト?」
 タクトの言葉の意味を捉え損ねているからだろう。スガタの声が怪訝そうに潜められる。
「待ってる間、寮の奴に電話した。今日、僕は寮に帰らないから、よろしくって」
 強く据えた視線も、しかしいつの間にか下がり気味になってしまう。スガタの反応が少し怖かったからだ。意味もなく、絨毯の毛並みを逆立てるように足の爪先で弄ってしまう。引いているのかもと思うと続きが躊躇われるが、もう言い出してしまっていることは止められなかった。
「勝手に借りたのは悪かったよ。それで……よかったら、スガタん家泊めてもらいたいんだけど……」
 そして。ようやくスガタの様子を窺った。スガタは案の定驚いた様子で目を見張っている。だが、次の瞬間笑顔で頷いてくれた。
作品名:とまどい 作家名:hina