心の整理
ここはサッカー部の部室で、いつもなら誰かしら騒がしい部員がいるのだけれど、今は誰もいない。
――――自分と、目の前で部誌を書いている鬼道以外は。
カリカリと、自分たちの部誌にはあまり似合わない几帳面な文字が並んでいくのを見ながら、もう何度目か分からない溜め息を噛み殺す。
(気まずい……)
もう一度、鬼道の様子を窺ってみたのだけれど、向こうはこちらをちらりとも見ずにずっと下を向いている。黙々と手を動かす相手に声を掛けるのは躊躇われて、結局口を閉ざしたまま待つことしか出来ない。
(というか、鬼道に限って言えば二人もいらないよな……部誌を書くのに、さ)
雷門中サッカー部員は、ほとんどがこういった机仕事が苦手だ。かくいう自分も、こういう作業が得意だとはお世辞にも言えない。ただ、中学の部活と言うものは面倒なもので、部費を確保するためには案外こういった記録が必要だったりするのだ。
だから、二人ペアの交代制で毎日部誌を書いている。
知恵を出し合う目的でそうなったはずだが、普段は雑談ばかりに花が咲いて、肝心の内容は「がんばった!」とか、「つかれた!」「大変だった!!」とか。大体がそんな感じだ。
初めてそんな部誌をパラパラと眺めた鬼道は、眉間に皺を寄せて溜め息を吐いた後、「先に書くぞ」と言ってシャーペンシル走らせた。
まるでひとりでに手が文字を書いているみたいに、さらさらと書かれる文章に思わず感心して。
視力は良い方だから、向かいから覗き込めば何が書かれているか大体読める。
(――何か、ほんとに部誌っぽいな)
むしろ、報告書みたいだ。
自分と、自分たちと同い歳とは思えないくらいにしっかりとした文章だと思う。
(……本気で俺は、必要無いんじゃないか……?)
何と言うか――気まずい。やはりどうにも緊張する……。
自分はまだ、この存在に――かつての『皇帝』に慣れていない。
(……だって、無理だろう、普通)
――初対面は、最悪。
自分の中の道徳だとか正義だとか、そういうものと真逆の位置に立つ存在だった。
楽しく皆でサッカーをする、という円堂の在り方を真っ向から嘲笑ったこの人物を自分は『嫌い』だと思った。
それなのに……。
今、自分たちはこうして『チームメイト』という間柄になっていて。
(……仲間としては、頼りになるやつだけどな)
だが、だからといってわだかまりが一瞬でなくなるわけではない。
すぐに何も無かったかのように受け入れるのは、やっぱり難しいのだ。
円堂は相変わらずというか、こうして仲間になる前――敵チームのキャプテンであった鬼道に対しても、「一緒にサッカーしようぜ!」と屈託無く笑っていたけれど。
――――自分は、円堂みたいにはなれない。そんな割り切った考え方は、できない。
(半田も似たような状況らしいけど)
それに、実は安心してる、なんて……。
――流石に口が裂けても言えやしない。
(――――少しずつ慣れていくしかない……か)
――許せない。
ずっとそうやって過去に拘ってばかりもいられないなんてことは、他でもない、自分が一番よく分かっている。
ただ少し、もう少しだけ時間が欲しい。
それか――。
(……何か、キッカケでもあればな……)
出かかった溜め息を押し殺して、ちらりと鬼道を見る。
ゴーグルの向こう側にある筈の目は、部誌の文字しか追い駆けていない。
一度も噛み合わない視線に、自分勝手な自分が、心の中で溜め息を吐いた。
《終わり》
こりかたまったわだかまり