持つのはお箸
いやに月が明るい。部室でうかうかしていたら、いつの間にか7時を過ぎていた。
(すっかり遅くなっちゃった…)
早足で正門へ向かう。本当はもっと早くに帰るつもりで、上着を着てこなかったこと悔ややんだ。肌寒い。見上げると、おぼろげな光彩を発する月が目に入り、春奈は一度身震いをした。
門ははまだ開いているだろうか、閉まっていたら…考えたくない。その時は所謂、"強行突破"をするだろうから。人に見られてはまずいため出来ればしたくない。
(し、閉まってる)
こういう時ばかり予感は当たるものだった。固く閉じられた門にはしっかりと鍵が掛かっている。春奈はつくづく、もっと早く部室を出なかった自分を悔やんだ。
しかし、今はそう悔やんでいる場合ではない。とりあえず一刻も早く帰ることが先決である。別に家に待っている人がいるわけでもないのだが。
春奈は門を見上げ一言、仕方ないなあ、と呟き、そして――片足を門にかけたのだった。
「源田さん、不動さん?」
門にのった春奈は、ふいに通り掛かった見知った顔に思わず声をかけてしまった。声を発してからすぐにしまった、とまた悔やんだのだが。
「あ?」
「音無じゃないか!」
なにしてるんだ、と驚いた様子で源田に言われる。
「いや、ちょっと」
「ちょっとじゃない!」
こんな時間になにしてるんだ、とか、なんで門にのってるんだ、とかいう源田の声に、春奈は苦笑いをしながらお兄ちゃんには言わないでくださいね、と控えめに言う。春奈としては、ここまで煩く言われるような事はしていないと思うのだが、この兄の友人は昔から少しばかり心配性なのだった。ふと、隣で彼の声に顔をしかめている様子の不動を見ると、丁度目が合ってニヤリと笑われた。春奈はそんな不動が嫌いではない。
「青のチェック」
はっとして慌てて門から降りる。前言撤回。春奈はそんな不動が、ほんのが少しだけ嫌いだったのだった。
「お二人は何してたんですか?」
「夕飯の買い物」
「今日は鍋にするつもりなんだが、音無も来るか?」
「え、良いんですか?」
思いがけない源田の申し出に、春奈は驚きと共に聞き返した。
「いいぞー、どうせ毎回余って翌日も鍋だからな」
「それはお前が材料買い過ぎるからだろ」
何回鍋作っても学習しねえんだ、と不動が言った。彼を見ればその顔は心なしか笑っているように見え、思わず春奈も微笑んだ。
「よし、じゃあ帰るか!」
「お邪魔します!」
「さみー」