坊主でGO!
菊は僧侶である。
仏に仕え、日々研鑽を積み、果ては衆生を救わんとするのがその身の第一義。
したがって、したがってである。
錫杖の先端を人のみぞおちに叩き込むのは仕事ではないはずなのだ。
「ぐふっ!」
その瞬間相手はあまりの痛みに身体を二つ折りにする。
しかし、菊は間髪入れずにくるりと錫杖を反転させて、輪っかの部分ごと頭上に叩きつけた。
りんりんと音が鳴るのは間抜けだが、ぶっちゃけこれは痛い。
そのまま地面に叩きつけられそうな首筋にとどめの一撃。
容赦のない動きでなぎ払いを加える。
するとこらえきれないとばかりに男が昏倒した。
それを横目で確認するや、菊は大声を張り上げる。
読経で鍛えた声だ。
それは実によく響きわたった。
「さあ、まだやりますか!? これ以上は私も手加減できかねますよ!?」
菊の放ったセリフに空気がどよめく。
「あんた坊さんじゃねーのかよ!?」
一人の男がぎょっとした顔でわめいたが、菊は錫杖を持ったまま涼やかに両手を合わせた。
「もしものときは御仏も許してくださいましょう」
さらっと言い捨てると、向かい合った男はさあぁっと顔を青ざめさせる。
とたんに必死の面持ちで周りに叫んだ。
「いやいやいや! なんつー坊さんだよオイ! 野郎どもっ!」
「おぉー!」
「ずらかるぜ!」
「おぉー!」
「こんなんやってられっか!」
頭目らしき男が吐き捨てながら、背を返しかけたところで。
菊は素早く印を切り、真言を唱えた。
「のうまくばさらだんかん!」
「うぉっ!? て、てめっ!?」
ギリギリと固まったまま、振り返ろうにも振り返れないらしい。
毒づく頭目の背中に向かって、菊はにこりと笑いかけた。
「その前に仏像返してもらえませんかね?」
「な、なんのことやら……いてぇっ! いててて!!」
ぎくりと身を震わせ、素知らぬ風を装おうとする男にとどめの一言。
「返してもらえませんかね?」
「いてェーーー!!!!」
いつの間にか背中と頭がくっつきそうになるまで反り返った格好で男は哀れなる悲鳴を上げた。
その間もにこにこしていれば、視界の隅にその笑顔が入ったのだろうか。 男はやけのように怒鳴り始めた。
「返す返す返す…っ!! や、野郎共っ!」
「へいっ!」
頭目の言葉に男達が唱和して、即座に動き始めた。
ずだ袋の中から出てくるわ出てくるわ。すぐに山となる仏像たち。
そのどれもが燦然と輝いている。
「こ、これで……!」
「まだありますよね?」
「あ、あれは…!」
「ね?」
にこにことした笑みを崩さない菊に。
とうとう頭目はがくりと頭をゆらしたかと思えば、観念しきったように力なく腕を振った。
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「ようやく戻ってらっしゃった……」
仏像の山を眺めた菊は、感極まったようにつぶやいた。
その両手に金銀宝石の山をこともなげに抱きしめ、菊は振り返った。
「ところでお怪我はありませんか?」
その目線の先では、薄茶の髪をパンクに逆立て、パイプをくわえた男がいる。
男は無言で菊を見返すと、静かに首を振った。
ひどく無口な男だ。菊がいくら水を向けても返すのは一言二言。
あるいは首を動かすだけで済ませてしまう。
しかもなぜかパイプに火は入ってないらしい。
なぜそんなものを後生大事にくわえているのかは謎だが、かろうじて悪人には見えないのが救いか。
やがて男と話すことをあきらめた菊は、微苦笑をふくんだ顔で言った。
「ところでこの後どうなさいますか? 私は街へ行きますが、あなたは……」
どうしますかと問おうとした顔は一瞬でこわばる。
その気配に気づいた時は遅かった。
いわゆる虫の知らせというやつだ。
いやな気配が背後から迫ってくる。
しまったと思った時はすでに手遅れ。
すぐさま振り返ろうとした片隅で、ひらめく牙が迫る。
反射的に菊が腕を上げた直後、響いたのは。
肉を裂く音ではなく。
鋭く空気を貫いた一発の銃声だった。
菊が驚き慌てて面を上げれば、無造作に銃を構える男の姿。
実に堂にいった構えを見せた男は、銃を再度構えて周囲に向ける。
それだけで包囲網は着実に解かれ、獣のうなりも遠ざかる。
とどめとばかりにもう一発。
引金を引いたとたん、獣の群れはきゃんきゃんとわめきながら逃げ出して行った。
あっけにとられた菊がつぶやく。
「銃持ってらしたんですか……。なぜ……」
なぜ先ほどは応戦もしなかったのか。
必死で立ち回っていた自分が馬鹿みたいではないか。
うめく菊の声に悪びれもせずに男は答えた。
「弾がもったいないやろ」
「た、弾がもったいないですってぇ!? それなら私の体力の方がもったいないですよ! どう見たってどう見たってあなたの方が頑丈そうじゃないですか! 私戦わなくて済んだじゃないですか!」
一息に言いきって、ひとりぜぃぜぃ肩を上下させる菊を平然と見て。
男は。
「おかげでつまらんもん撃たんで済んだわ」
この一言にとうとう菊は肩を落とした。
もう何も言う気力はない。
まさかよもやこの出会いが世界を救う出会いであるとはまさに神……いや仏のみぞ知る。であった。
【おしまい】