あの日の君
もう何もすることがないと言うのに、教室ではほぼ全員でメールアドレスの交換会が行われていた。その中でも結局使うのは数人分だけだというのにね。それはわかっているけれどクラスと仲良くしたいし、友達が増えるのは嬉しいし。ある程度参加したところで、同じクラスになった小学校から一緒の悪友がいないことに気づく。
あいつはこういう上辺だけの慣れないが好きじゃないから、絡まれる前にさっさと退散したのだろう。中学からの友人である、俺たちのストッパー的役割である男の姿も見えない。雷蔵は優しいから、きっと三郎を追いかけて(または探しに)行ったに違いない。
さて、俺も行きますかね。三郎はつっけんどんな態度でいるくせに、実は寂しがり屋だ。俺に新しい友人ができるのをおもしろくないと感じているはずだ、賭けてもいい。
タイミングを見計らって廊下に出ると、窓から見える青い空が眩しかった。
どこの教室でも同じようなことが行われているらしくて、廊下にはほとんど生徒がいない。やれやれと苦笑いをこぼす。俺もそんな学生の一員なんだけどね。
ふと、少し先に行ったところの廊下で窓枠に体を預け、青空を見上げる生徒を見つけた。何をするわけでもなく、ただただぼうっと空を見上げている。入学式という出会いと新生活のスタートで浮かれている空間にはひどく不似合いに見えた。なんていうか、雰囲気が。そこだけ光が射し込んでいるように見えたんだ。
別に空を見上げる人間が珍しいだなんて、そういうわけでもない。でも彼の顔を見てみたくて、すれ違うときなんとなしに彼の方を見た。途端、彼も俺を見た。
すれ違って間もなく、何を思ったのか俺は足を止め振り向いて彼を見ていた。彼も、俺を見ていた。俺の目には確かに彼が写っていたし、彼の目には確かに俺が写っていた。
相変わらず青空は眩しかったんだろうけど、俺には彼以外のものなんて見えなかった。
「はーちっ」
ばこん、と頭をノートで叩かれる。授業中だったはずの教室は騒がしく、授業がいつの間にか終わっていたことを理解した。
「目開けたまま寝てた?」
「あ、いや、考えごと?」
「ふぅん」
前の席の椅子を拝借していた兵助はがたんと立ち上がり、飯食おうぜと俺を急かした。昔と変わらぬ姿に目眩を覚える。
今、気づいたことがある。
俺はあのとき恋に落ちたんだ。
兵助のことが好きだよって言ったら、お前はどんな顔するのかな。