否定と肯定の暴力論
「説得力が欠片もありませんね」
長閑な昼下がり、公園のベンチで各々が持ち込んだ飲食物に手をつけながら会話する2人の眼前には、死んではいないが動きもしない人間が累々と地に沈んでいた。
「嫌いなもんは仕方ねえだろ」
2人の内、青年の方は長身で細身、金髪にサングラス、おまけにバーテン服とくれば池袋で知らない輩はいないだろう最強の男だが、ケーキにエクレア、シュークリーム、プリン、クレープ、ドーナツ、等の大量の洋菓子をシェイクで流し込む、という胸焼けしそうな食事をしている。
「だったら使わなければ良いだけの話でしょう」
もう1人、少年の方は小柄で痩身、中学生にも見えるが来良学園の制服を着ている。小袋から柿の種を1粒ずつ取り出して食べる様子は齧歯目を思わせるが、ベンチの周囲の惨状を考えると、ある意味で大の男が洋菓子を食い漁る光景よりもこの場にそぐわない。しかし彼もまた、この屍の山を作り出した側だった。
「それが出来たら苦労はねえよ」
「苦労が足りてないんですよ、もう少し忍耐力を養ったらどうです」
重苦しい息を吐く静雄に、帝人は穏やかな表情のまま辛辣な言葉を吐いた。
「どうすりゃ良いんだよ?」
「自分で考えて下さい、脳は使わないと衰えますよ」
妙な2人組だ、と通行人は思うだろう。片や誰が見ても分かる自動喧嘩人形、片や人に紛れたら確実に埋没する一般高校生。静雄の出身校を知る者には先輩後輩とも取れたかも知れないが、如何せん歳が離れているので本人達にも先輩後輩という意識は欠けていた。
「知恵くらい貸せ」
「端から他力本願ってどうなんですか」
そんな彼等が何故、並んで茶を飲んでいるのかといえば、
「……お前はどうしてるんだ」
「前提条件が違うので聞いても参考にはなりませんよ」
感情により発露する暴力、という類似点を持つからだ。但し、
「勿体つけてないで言え」
「……僕にとっては罪悪感さえ覚えなければ問題ないんです」
それは類似点であって共通点ではない。
「どういうことだ?」
静雄の暴力は憤怒によって発露する。衝動的に振るわれるそれは凡その場合で長続きせず、その際には思考力が低下しているので効率も何もない、対象も物質に限定される。何より静雄は己の力を好いてはいない。何もかも壊してきた結果、壊したくないものまで壊してしまったのだから当然だろう。
「平たく言えば過剰防衛、ですかね。幸いこんな外見で標的にされ易いですし」
対して帝人の暴力は悦楽により発露する。力が強いわけでもない彼は相手の自由を奪うことに特化していて、無力化した後に末端から磨り潰すようにするため精神的にも被害が出る。悦楽により発露するものだからその間は凡そ笑顔、その結果、彼の中では暴力も悦楽も大差ないものと成り果てている。
「開き直ってんじゃねえよ」
静雄は眉を寄せ、飲み終わったシェイクの紙コップを握り潰した。
「いつまでも自己嫌悪している成人男性よりましです」
無害そうな笑顔で帝人は返した。
「人としてどうかしてるだろ」
「自分のことを棚にあげてます、結果だけ見れば変わりありません」
「……俺は暴力が嫌いだ」
「その言葉が免罪符になるとでも?」
少年が言葉を発する度に青年は明らかに落ち込んでいく。ザクリ、グサリ、と突き刺さる言葉もまた、暴力に他ならず帝人の穏やかだった表情が徐々に変化していく。
「な――――――」
それに気づかないでいた静雄が何かを言おうと口を開きかけたところで、帝人がその口に柿の種を袋ごと突きつけて黙らせた。
「……セルティさんの大切な友人に暴力を振るうのは本意ではありませんが、僕、自分の手で弱っていく人を見ると磨り潰したくなるんです。ちょっと黙って下さい」
ギョッ、とした静雄が隣を見れば、瞳孔が開き、口唇を戦慄かせる帝人がいる。抑え込んでいる、と判断した静雄が
「なぁ、それどうやるんだ」
制止を無視して問うたその結果、帝人は開いた口に残っていた柿の種をザラーッ、と流し込んだ。
「黙れって言ったの聞こえませんでした? その耳は音を拾えてますか僕の言ったことが分かりますか? それとも暴力を振るわれたいんですか、お望みならその砂糖漬けの舌に香辛料塗りたくってあげますその口に七味唐辛子詰めてあげますよ?」
甘味に慣れた舌が辛味を感知して静雄は口を押さえて悶絶している。柿の種は拒絶されてバラバラと地面の上へ落ちた。あーあ、勿体ない、と言いながらそれ等を踏み砕く革靴に、忠告を無視したのは自分だと分かっているだろう静雄は低く唸る。
「……竜ヶ崎、殴って良いか」
「嫌いだと言いながら暴力に頼るんですね、情けない。あと僕は竜ヶ崎じゃありません」
橙と黄緑の人面唐辛子が描かれたパッケージの菓子を手にした少年は、どこまでもイイ笑顔だったという。