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色のない王様と黒い道化師

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鳥かごに入れられた少年にゆっくり人影が近づいてくる。
伏せた瞳を上にあげると細身の青年が膝をついてこちらを覗きこんでいた。

「君が帝人くんか。これからよろしくね」
優しげに細められた赤い瞳を無感動に少年は見返す。
「ところで、何か話をしてくれないか。…眠れないんだ」
それにゆっくりと瞬きでかえしたあと、
少年の唇からぽつり、ぽつりと物語がこぼれ始めた。




むかしむかし、あるところに色のない王冠を戴いた王様がいました。
王様は広いお城でひとりぼっちでした。
だれも、彼がこの国の王様であることを知らなかったからです。
よその国はみんなきれいな黄色や、明るい青、鮮やかな赤の王冠を
持った王様たちが治めていました。
けれど、この色のない国では王様の頭に乗った王冠を、
色がないゆえに誰も見ることができず、
そのため誰も、誰も彼が王様だと気づくことができませんでした。

長い間、王様はひとりぼっちでした。
そんなある日、一人の道化師が王様のもとへやってきました。
「こんにちは、色のない王様」
「こんにちは、黒い道化師さん」
王様は驚いていました。今まで誰一人、自分に気づいてくれるひとはいなかったからです。
どうして道化師にはわかるのか、たずねてみました。
彼は不思議そうに言いました
「だって君の頭にあるのは王冠だ。色がなくたって見ればわかる」

そして黒い道化師は色のない王様のもとにとどまり、
王様の話し相手になってくれました。
道化師は様々な国であったいろんな話をしてくれました。
その話は様々な色に溢れ、王様は大層彼を好きになりました。
道化師も聡明な王様を好きになりました。
いつしか二人はかけがえのない友人になっていました。

道化師はいろんな国を渡り歩いていました。
その理由はふとしたことで手に入れた天使の首が原因でした。
天使の首は、首だけの存在なのに少しも腐ることもなく、瑞々しい美しさを
保っていました。
道化師は言いました。
「この首を目覚めさせることができたら、楽園への扉が開く。
私はどうしてもそれを見たいのです、王様」
楽園とは、どんなところなのでしょう。
世界中の色を集めて、世界中の光を集めた素晴らしいところに違いありません。
王様は自分もそこへいってみたいと思いました。

月日は流れ、道化師は焦り始めていました。
彼は世界中の国を巡って首を目覚めさせる方法を探し続け、
見つけることができないまま
もう残っているのはこの色のない国だけだったからです。
王様は悲愴な顔をした彼にせめてもの助力をしたいと思い、
白い魔法使いを探してくれました。
けれど魔法使いは自分の家を離れられないといいます。
黒い道化師は自ら白い魔法使いの家に赴きました。

白い魔法使いは言いました。
天使の首を目覚めさせるにはその首に身体をつけてやればいい、と。
黒い道化師は言いました。
「それは私も考えた。だが世界中の国を探しても天使の身体はみつからなかった」と。
白い魔法使いは静かに言いました。
「この世界に天使の身体は既にない。残る方法はたったひとつ、
何の色にも染まらない王族の血を持つものの首を切ってその身体につけるしかない」

黒い道化師は苦悩におちいりました。
そう、何の色にも染まらない王族とは、この色のない国の王族のことです。
色のない国の王族は、今の王様以外もう誰も純血な人間がいません。
かけがえのない存在となってしまった王様の首を切らねば、
楽園の扉は開かないというのです。

いくつもの夜と朝がやってきて、黒い道化師の頭上を通り過ぎて行きました。
結局、道化師は楽園への憧れを捨てることができませんでした。
黒い道化師は色のない王様の細い首を切り落とし、天使の首を付けました。
天使の瞼が震え、ゆっくりと閉ざされた瞳が開いていきます。
その青い瞳は楽園の空の色でした。
彼は無我夢中で扉を開け放ち、楽園の地に降り立ちました。
そこは、世界中の色で溢れ、世界中の光に満ちていました。

最初の感動が過ぎ去ると、彼は途方もない喪失感に襲われました。
楽園の様々な色は、自分が旅してきた国々にもあった。
楽園の眩しい光は、自分が目覚める朝にいつもあった。
そして、自分の傍にはいつも色のない王様がいた。
楽園の色も、光もすべて元の世界にある。
けれどここには王様はいない。

では、何のために道化師は王様を殺したのだろうか。