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【ポケモン】夢のあとさき

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服の裾を引かれる感触がして足元に目をやると、一生懸命裾にまとわりついているヒトモシの姿があった。墓参りに来るたびに顔を合わせるのですっかり顔馴染みになっていたポケモンだ。大概我先にと案内しようとするのだが、こうも足元にくっつかれては間違えて蹴ってしまいそうだ。一旦足を止めてヒトモシをひょいと持ち上げる。見た目を裏切らないしっとりとした感触が伝わってきた。それなりに重みがある。目をしばたかせ、ちいさな手をぱたぱたと忙しなく動かしている。びっくりしているらしい。
「このいたずらものめ」
 頬をつつくと目を細めてきゃっきゃと喜んだ。表情が綻ぶのが自分でも分かる。
 下ろしてやると今度はおとなしく傍についた。裾は掴んでいない。よしよし、と頷いてやると頭の炎がぶわっと一瞬大きくなった。照れているらしい。
 タワーの丸みに沿うように作られた階段を昇る。ヒトモシの方は大丈夫だろうかと視線をやるが、さすがここを根城にしているだけあって淀みない。動きは歩くというよりも滑るといった方が近いだろうか。たまに歩調が緩むのは追いつけないというよりは、どうも腕に下げている袋からちゃぷちゃぷと水の音がしているのが嫌だかららしい。
 反対側に持ち替えてやるといそいそと距離を詰めてくる。少し可笑しくなった。
「道案内はどうしたんだ?」
 尋ねるとふるふると首を振った。付いていく方がいいのか。微笑ましさに噴き出すとぺちりと小さな手に叩かれた。大げさに痛がる素振りをしてみると、上機嫌なときの高い声できゅうきゅうと鳴く。
 図鑑の説明だかにはかなり物騒な言葉が並んでいるポケモンだったが、実物は言われるほど物騒でもないし、性格によってはこちらが正しい知識を持っていて、きちんと注意することができればこうして付き合っていけるポケモンでもある。
 ひとの生命力を吸い取ると言われているのは紫色の炎の部分だ。迷い果てて疲れきっている旅人がひと休みをしたくなる。そうするとついつい先を歩いていた灯りに火種を貰ってしまうのだった。そしてその火で暖を取る。けれどもその火は暖かく感じられてもとても冷たい火なのだ。命を吸い取っている。
 このヒトモシなどは人のいい性格からか、仲良くなってからはあまり炎に触れてほしくなさそうな素振りを見せる。だが昔にはヒトモシに火種を貰うことを繰り返して、とうとう息も絶え絶えになって見つかった旅人もいたというから、この生き物全てにあっさりと気を許してしまうわけにはいかないのだろう。
 二つ目の階段を登り切ったところできょろきょろと辺りを見回す。同じ形の墓石が整然と並んでいる。
 今まで並んで歩いていたヒトモシがぴょんと飛び出す。迷いなくひとつの墓のところに行くと、そこで跳ねながらきゅうきゅうと鳴いた。
「ああ、ありがとうヒトモシ」
 似た道には豪快に迷う性質だからこの案内は有り難い。ヒトモシが示した墓に向かった。
 古びて少しだけ周りのものより色合いがくすんでいるように思えた。以前供えた花は誰かが一緒に片付けてくれたのか、枯れた花がこびり付いていることはなかった。布にボトルの水を含ませて全体を軽く拭いてやる。彫られた文字のところは少し拭きづらい。名前。日付。
 窪みに指をなぞるようにして擦る。汚れ自体は大したものではなかった。少し黒くなった布を置き、よっこらしょと墓の前にしゃがみこむ。持ってきた饅頭を、花と一緒に包みごと供えた。
「ちょっと来てくれるか?」
 ヒトモシを手招いた。水を嫌ってちょっぴり距離を取っていたが、呼ばれると嬉しそうに近づいてくる。
「お前の火を貸して欲しいんだ。蝋燭をうっかりしてしまったようだから」
 いそいそとやってきたヒトモシが、私と墓の間に陣取った。手も身体にぺたりとくっつけて、本当の蝋燭のようにじっとしている。微笑ましさに笑みが零れた。ここで笑えることにちいさな驚きを覚えてもいた。
「……お前がいなくなったときは泣きに泣いたものなんだがなあ」
 あのときは大勢にみっともないところを見せた。思い出すと悲しいのは確かだったが、込み上げてくる感情はずいぶん落ち着いていた。悲しみと一緒に削れていったものがあるようで、それも少し寂しかった。撫でたときの感触だとか、においだとか、そういった細かなものが実はもううっすらとしか思い出せない。それを思うと自分はどうしようもない薄情者のような気がしてしまう。
 じっとしていたはずのヒトモシがそわそわしている。原因に思い当たって少し笑った。饅頭が目の前にあるのだ。
「半分貰うよ」
 呟くように言って、大きな饅頭の包みを剥がす。それを半分に割ると、待ちきれないとばかりにちいさな両手を使ってきゅっと私の手を挟んだ。半分を渡してやる。もう半分は元通り供えた。はぐはぐと勢い良く食べるヒトモシを撫でてやる。よく相伴に与っているのかもしれない。
 改めて日付を見る。今年で何年目だったか、頭の中で計算する。出てきた数字はいつの間にか桁がひとつ増えていた。思えばあまりに長い時間。
 亡くしてすぐは辛すぎてここに来ることも出来ないでいた。近ければ近いほど苦しかった。今こうして来ることが出来るのは、時間の方が私とポケモンを大きく隔てているからかもしれなかった。
 今は距離だけを狭めることが出来る。
 灰色の墓石に向けて笑ってみせた。命日でもない日に来たのは、元チャンピオンになったのだという報告の為だ。自分達を飛び越えた、或いは飛び越えようとしている若者達の姿は見ていて気持ちがいいものだった。そう言えたなら、何を年寄り臭いことを言っているのかと頭を叩いたかもしれない。誰に似たのか最期まで意地っ張りだった。
 墓石を撫でる。冷たいだけの感触だった。命の痕跡も見い出せない。それでも刻まれた名前を眺めると不思議と温かくて優しい感情が込み上げてくる。
 自分も、と手をぱたぱたさせているヒトモシの頭を撫でてやる。温かかった。掠れた記憶に照らし合わせ、あいつも確かこんな感じだったなあ、とふと思い出す。いろいろなことを分け合うように生きてきた。笑うときはいつだって一緒に。苦しいときほど傍に。
 今はもう傍にいた姿はない。それでも、墓の前で負けたことを悔しいと思っている自分に、嘗ての相棒が寄り添ってくれている気がした。