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蝉と太陽

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じりじりと照りつける太陽と、その擬音語と同じような声で鳴く蝉の声を遠くで聞きながら、ぼんやりと長ったらしい文章に視線を落としながら、赤澤は考えていた。
 ――さっぱり、わからない。
 大体夏休みなんてものは遊ぶ為にあるようなものだろう。基本的には部活で潰れていくが、まあそれはいい。全然構わない。テニスは好きなことなのだから、それは本当に別にいい。
 ――もうちょっと、勉強のことを考えてくれたら、より一層いいのだけれど。
 あのわかめみたいな髪型の(何だあれは、天然パーマか?)コーチみたいな立場の(って言うかあれって自分より絶対立場下なハズなのに偉そうに見えるのは気のせいか?)ヤツが、スケジュールを厳しくしなければ、本当なら終わっている筈だったんだ。(裕太はもう終わっているとか言っていたような気もするがこの際気のせいにしておく)
 長ったらしい文章の課題一覧に目を通しながら、何度目かわからない溜息を吐く。頭の中でどれほどシュミレート(正確にはシミュレート)しようとも、終わりそうにない予感ばかりが強くなる。
 ――今年も、怒られるのか。
 毎年夏休みの宿題を白紙でいいから冬休みまでに出せ、なんて言われてたっけ、なんて思いながらまた溜息を吐く。(実際には出したためしは一度もない)
 とりあえず溜息を吐いていても仕方ないので、わりと早めに終わりそうなものをピックアップしてみることにする。国語、数学、英語、理科、社会、美術、家庭科、日記。
 ――日記。
 最早絶望的とも言える日付で止まったそれをぺらぺらとめくる。これはまあ、テニスのことを毎日書いていたらなんとかなる、気がしてきた。
 よし、決定、これにしよう。
 などとたらたらと赤澤が考えていた間に、目の前に本の山が詰まれていた。
 何だ?と思って視線を上げると、そこに見覚えのある大仏頭――のようなものが見えたのに、赤澤は首を傾げる。
 ええと、何だっけ。確かどこかで見たことがあるような。
 暫く思考を巡らせた後、行き着いた答えに赤澤は椅子を激しく鳴らして立ち上がり、目の前に座って優雅に本を読んでいる人物を指さした。
「不動峰の橘――っ!」
 叫んでから、周囲の冷たい視線に気付いて、すいませんすいませんと繰り返し謝りながら椅子に腰かける。目の前の個人指名された橘も何故か一緒になって頭を下げていた。
「…図書室では静かに」
「ああ。…って、何でお前がここに」
「それは………ええと、確か、バカ澤」
「赤澤だ!」
 また叫んで、周囲の冷たい視線を浴びる。今度は橘は頭を下げず、どころか他人の振りまでされる。
「それは、悪かった。赤澤。一つ言うが、ここは公共の場所だから別に俺が居てもおかしくないと思うが」
 赤澤が謝りながら腰かけるのを見計らったように橘は手にしていた本を閉じながら、正面を向く。そりゃあそうだけど、と赤澤が言うのにそうだろう、と言いたげに山と積まれた本の中からまた違う、小難しそうなハードカバーの本を手に取った。
「…何、読んでるんだ?」
「相対性理論」
「そーたいせーりろん…」
 どこかで聞いたことがあるような気がするけど、思い出せない。ぼけーっと考えてみるが、やっぱり思い出せない。書いたのは誰だろう、と思ってハードカバーの表紙に目をやるとそこには全然違うタイトルが書かれていた。
「…推理小説?」
「漢字くらい読めたか」
 殺人事件、なんて文字がついているタイトルなんてそんなものくらいしかないだろうと思って言うと、喉の奥で笑うように、馬鹿にした笑い声が本の向こうから聞こえた。
 ――もういい。相手にしていると宿題が終わらない。
 やっとそのことに気がついた赤澤が日記を書き始める。ええと、この日は何をしていたかなぁなんて考えていると今度は赤澤の動きに興味を示した橘が手元を覗き込んでいた。
「夏休みの課題か」
「…お前は、終わったのか?」
「当然だろう。部長として示しがつかないしな」
 部長として、をやけに強調した言い方にうっと言葉に詰まる。部長なのに終わってないことを指摘されたようでちょっと痛い。
「しかし日記が……」
 日付をじろり、と見られてそれこそ言い返す言葉も無い。その調子では他の宿題の進み具合も知れていることなど手に取るようにわかるだろう。
 成る程、バカ澤と後輩が呼びたくもなるだろう、と橘が思ったかどうかはさて置き。
 言い返す言葉もなければ時間も無い赤澤は、もう橘に何かを言うのも諦めてひたすら日記を作っていく。最早それは作文の域に達していた。
 ――そしてそれは、あまり上手くは無かった。

 面白いなぁと、橘はぼんやり考えていた。
 元々この席に座ったのだって、どこかで見たことがある南の地方出身風の人間が目に入ったからで、それが赤澤だと気付いたのは会話を始めてからだった。
 うちの部員は個性が強すぎて、たまにこう苛められるキャラがいればいいのに、と少し思うと同時にあのコーチみたいな部員の心境が理解出来る。
 ひたすら日記を書き連ねていく(しかし毎日部活したとかテニスの話題しかないのはいかがなものだろう)姿に、愉快だなあと思いながら読みかけの本に目を通すが中々頭に入らない。
 推理小説なんだから、推理しなければならないのだがどう見ても終わりそうにない量の宿題を広げている目の前の人間から目を離せない。
 ――いいなあ、こういうキャラ。
 無料で涼める場所に行きたくてここを選んだが、当たりだったかもしれない。
 必死で文字を書く赤澤を、もうただの見せかけでしか無くなった本の隙間からそっと見ながら、橘はほくそ笑んだ。

 遠くで、蝉がじりじりと鳴いていた。





※ 全て笑うところです。
作品名:蝉と太陽 作家名:なつ