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些細な幸せを感じる呼ばれ方(Exclusive!)

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俺が八千代のそれに気付いたのはつい最近の事だった。
 ひょっとしたらもっと前からだったかもしれないし、ここ二、三日の間に起きた変化だったのかもしれない。
 兎にも角にも俺は変化の理由を何とか探ろうとその都度、八千代を観察していた。

「おーい、さとーやちよー食い物くれー」
「はい杏子さん。ただいま準備します!」

 その都度──店長にパフェやデザート類を強請られた時に──八千代の機嫌は良くなる。
 これについては俺達が付き合い始める前からそうであったから、特に理由でもないと思う。
 どうでもいいが、俺にも何か作れと以前より強く言ってくるようになった為、このとばっちりという名の鬱憤を店長のお守りを盾とした八千代との共同作業で晴らしている。
 共同作業に深い意味はないが、八千代もこの毎日繰り返される共同作業に何らかの幸せを感じていてくれたら嬉しい。


 と、ここまで考えて一つ、仮説が組みあがる。
 もしかすると八千代も、先程の俺と同じように感じているから機嫌が良くなっているのではないか?
 以前の、まだ片想いをしていた時期の俺自身は、八千代の些細な言動や感情で一喜一憂していたものだが。
 両想いで付き合っている今となっては、この仮説も妄想や馬鹿な思い上がりではない事くらいには、お互いを理解し合っている。
 そうすると成る程、大体は合点がいく。
 変化の時期については疑問が残るが、俺が気付かなかっただけだろう。
 ここまでくれば後は答え合わせをするか。
 幸いにも八千代は俺の後ろの方でパフェを作っている最中だ。


「八千代」
「何かしら潤君」
「最近さ、特に思うんだけど、店長に食い物関係で呼ばれると凄く上機嫌だよな」
「それはそうよ。だって杏子さんのお世話を出来るんですもの」

 後ろを振り向いた時、八千代はこちらに背を向けて生クリームで飾り付けをしているところだった。
 顔は見えないがその背中からは心底幸せだというオーラが出ているようで。
 犬だったら恐らく尻尾をブンブンと振っているだろう。

「そうか……」
「それにね。潤君と一緒にこうして準備が出来る事も楽しいわ」
「…………」
「前みたいに、一人でパフェを作って、潤君の想いも知らずに料理のお願いをしていた頃と比べると」

 とてもとても、と完成したパフェを前に満足気に呟く。

「ん。こっちも上がりだ。早く持っていってやれ」
「ありがとう潤君」
「こっちこそ、ありがとうな」

 言って八千代の表情が少し止まり、その後すぐにこれでもかと満面の笑みになる。
 人畜無害で掛け値なしで、思わせぶりや生殺しで苦労した俺だけの、この世で最高の笑顔だ、と思ってしまうのは馬鹿だろうか?

 結局のところ、答えは俺の考えていたものとほぼ合っていた。
 しかし、俺はその忘れかけていた、ほぼ、の意味を、次の八千代の発言によって思い出すどころか思い知らされる事となる。
 その忘れかけていた、いつから機嫌が良くなるようになったか、の意味を。
 

「さとーやちよーまだかー」
「はいはーい。ただ今お持ちしまーす」

 店長に催促をされた八千代は返事をするとこちらに向き直り、ずいと顔を耳元まで寄せて俺にしか聞こえないようにそっと囁いた。

「あのね潤君。今の、聞こえた?」
「あ、あぁ呼んでたな。早く行ってやれ」

 煙草を咥えて火を点けようとしている時の不意打ち。
 調理も終わり直ぐにでも運んでいくだろうと気が緩んでいたせいか、喉が詰まってしまう。
 残念ながら、その煙草も火を点けられる事なく落ちる事になるわけだが。


「さ・と・う・や・ち・よ」
「っ! げほごほぉっ!」
「ふふふ、そういう事よ」
「ちょっと待て八千代!」


 一緒に準備が出来る、それだけだと思い込んで。
 答えが合っていた事に満足をしていた俺に、八千代は途轍もない置き土産をしていきやがった。
 つまりアレか、付き合うようになってからは特に一緒に作業をするようになり、更には最近になってその何気ない呼ばれ方にですら意味を見出した、と。
 そしてその意味を意識して上機嫌だった、と。


 どれだけアホなんだ、と悪態を吐きながら落ちた煙草を拾い上げるとそのまま咥えた。
 幸いにも煙草は拭いたばかりの棚に上手く入り込んでいたようで、埃を心配する必要もない。
 ライターの先に火を点し、それを見つめて、考える。


「佐藤八千代か……」

 何気なく口に出してみるのは、そう遠くない未来にそうなって欲しいと思う名前。
 まだまだ付き合い始めたばかりでよく分からない、漠然としたもののはずなのに。
 今はとても現実的で、まるで明日にでもそうなるかのようで。


「そうなるように頑張らなきゃいけねえな」

 決心を噛み締めるように言葉にすると、ライターの火を消し、煙草をごみ箱に捨てた。
 止めるわけではないが、今は煙草の気分じゃないから。
 そう、いつだったか八千代に煙草を吸うなら休憩室か裏口でと言われたのを思い出しただけだ。
 だから。

 だから。
 決してニヤける顔と震える手で煙草が吸えないから何とかしようと、他の事を考えているわけではないんだ。