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【不鬼】夜は語らず【イナイレ】

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『夜は語らず』

◆◇◆

その晩は特に風が強く、イナズマジャパンの宿舎である宿福の窓枠を激しく揺らしていた。
騒音に眠りを妨げられたのか、珍しく深夜に目を覚ました不動明王は特に尿意を感じたわけでもないが、便所に向うため部屋を抜け出した。
廊下の空気は、思いの他冷たい。海洋性気候に属するライオコット島では日較差が大きく、汗ばむ昼間とはうって変わって夜間は冷え込むのだ。
便所は廊下の突き当たりにある。早々に用を済ませて、非常灯だけがぼんやりと足元を照らす薄暗い廊下を引き返していると、不意に風が頬を撫でた。
その冷たさに思わず足を止めると、立ち止まった前の部屋の扉がわずかに開いているのに気がついた。風はそこから流れ出ていた。

『鬼道 有人』

掲げられたネームプレートを確認するまでもなく、不動はその部屋の住人が誰なのかよく見知っていた。
もっとも頻繁に訪れる他人の部屋なのだ。
几帳面な彼にしては珍しくドアを閉め忘れたのだろうか、無用心な事だと思いつつ、つい先ほど前を通ったときは開いていただろうか?それに何故風が流れてくるのだろう?
いくつかの疑問を抱えながら、不動は隙間から中を覗き込む。
それは特に意図した行動ではなかったのだが。
部屋の中は予想外に明るかった。
風に雲が流され、白銀のごとく輝いた月の光が海に反射し、部屋の中を照らしている。
視界が利いた。
薄闇の中、まず目に飛び込んできたのは乱れの無いベッド、風に煽られ大きく翻るカーテン、調えられたチェスト、そして・・・。
(・・・!?)
部屋の片隅で闇がもぞりと蠢いた。
特徴的なそれ、結い上げられたドレッドが見えなければ、闇の正体が何であるかすぐには判別できなかっただろう。
部屋の主だった。
寝着姿の鬼道は床に伏していた。
扉に背を向け、冷たい床に額をすりつけ、身体を丸くし、そこにいた。
風の金切り声が部屋の中を吹き荒れ、鬼道の寝着の裾を翻す。
それも気ならないのか、鬼道の身体は動かない。
理解しがたい光景に思わずドアノブに手を掛けかけ、だが唐突に不動はある事に思い至った。
嗚呼、そうだ。
確かあの方角は彼の人が亡き場所ではないか。
そう考えると、その姿はさながら祈りのようだ。死者への手向けのようだ。
神聖ですらある。
息を飲んだ。
あの日から、彼は毎晩このような行為をおこなっていたのだろうか。
自分の知らぬところで。独り、静かに。
時折、小さな体が微かに震える。
それが寒さのせいなのか、それ以外のせいなのかと考えて、不動は言い得ぬ焦燥感にかられた。
不意に風に混じってガラスが軋む音が聞こえた。
目を凝らすと鬼道の左手に月光を緩く反射する黒い物が見えた。
見覚えのある、彼の人の唯一ともいえる形見。
あんな握り方をすればひび割れたグラスは更に崩れるだろうし、握る手のひらも痛かろうに。
硬く握り締めた指をほどいてやりたい、なにしてんだと声をかけてやりたい。
だがどれも行動に移せないでいる。
強烈な拒絶。
床に伏し、頭をたれるその姿は何者の干渉も許しはしない。彼だけの時間。
彼と彼の人だけの世界…。

ドアノブに伸ばされたままの手を下ろす。
しばらく立ち尽くし、やがて不動は音もなく後ずさる。
まるで関節という関節が失われてしまったようなぎこちない動きで、ドアの隙間はそのままに、その場を立ち去る。
冷たい風は依然、後ろから流れて続けていた。

◆◇◆

自室に戻り、頭から布団を被る。
長く外に居たせいで、身体が冷えていた。
冷たい布団の中で丸くなり、暗闇の中、目を凝らす。

もう彼は冷たい床から布団に戻っただろうか。
いつからああしていたのだろうか。
頬を濡らしてはいないだろうか。
明日の朝会えば、彼はいつもの彼であろうか。

ドアノブにかける事ができなかった右手を見てみる。
あの後ろ姿は明王に暗い過去を思い起こさせる。
部屋の片隅で縮こまってすすり泣く母、そして襖一枚隔てて立ち尽くす幼い自分。
右手は襖に掛けられたまま微動だにしない。
動かぬ体、動かぬ心。無味な時間だけが流れていった過去。
結局、襖にかけられた右手は目的を果たす事なく、母親もやがて明王の前から去っていった。
あの寂しい背に触れてやるべきだったのかと、今更ながら逡巡する
悲しみを、憎しみを、この世の理不尽さを分かち合えば、何かに変わったのだろうか…。
だが、例え触れてところで、所詮…、そして今回だって…。

飲み込めぬ何かが胸底にわだかまって息苦しい。
布団をはねあげ、上体をおこし、窓を見る。
イヤ、窓の外の彼の方向を睥睨する。
明王の鋭い眼光が薄闇の中、獣のように爛々と輝き、それに呼応したのか、窓を揺さぶっていた風が凪いだ。
凍てつくような静寂。
冴えた月光がカーテンの隙間から床に零れ落ちている。
しばらくそうしていて、眼光がにわかに霧散すると、全身の力を抜いた明王は再びもそもそと布団の中に潜り込んだ。
逃げかけた温もりをかき集め、体を丸める。
目を閉じると瞼の裏にあの小さな姿態が映りこんだ。
声も上げず、誰に縋る事もなく、あれも強さといえるのだろうか。
だとすれば彼の強さにこの時ばかりは心底感嘆し、さて同じ境遇に立たされたとして果たして自分はどうするのだろうと己に問うてみたが、結局は想像、結局は他人。
当然答えは出るわけもなく、ただ少し羨ましく思い、やがて訪れた強烈な睡魔に、不動は抗う事なく意識を手放した。

◆◇◇

翌日、いつもの時間からやや遅れて食堂に入ると、人がごった返す中、定位置に赤マントの後姿があった。
食事のトレイを持ち、あえて向いの席にどっかり座った不動を、鬼道はちらりと確認しただけで、咀嚼を続けている。
食事もそろそろ終わりかけ、鬼道の食器の上の朝食はほとんど残っていなかった。
「・・・寝坊か。決勝進出が決まっただけだというのに、少し気が抜けているじゃないか?」
「そりゃ悪い事したな。そういう鬼道クンは相変わらず調子いいようで?」
「…おまえに言われても厭味にしか聞こえん…」
そう鬼道は呟き、最後の一欠けらを口に運び、牛乳を一気に飲み干した。
食事を終え、さっさと席を立つのかと思っていた不動だが、当の鬼道は腰を下ろしたまま食事をする不動を見守っている。
「…あに(なに)?」
「物を口に入れたまま喋るな。昨日、ミューティングの前に2人で確認作業をすると言ったのを忘れたのか?」
つまり自分が食べ終わるまで待つという意味である事を理解するのに、若干時間を要した不動は、やはり口に物を入れたまま、『あっ、ひょっ』と返事をし、食事を続けた。
幸いトマトは入ってないし、むしろ食べるのは早い方だ。
だが、不意にこみ上げてくる笑いに思うように食事が進まない。
訝しげな鬼道の視線を肌に感じながらも、衝動を抑える事に苦労している。
そういえば円堂が『超高速食い』とか言って食事をあっという間に平らげ、周りを驚かしていたが、あれは何かコツでもあるのだろうか。
今度それとなく訊いてみよう。
そんな事を考えながら、目の前の気難しい司令塔の為、不動は笑いを堪えながら、目の前の食事を焦らず、騒がず、だが速やかに平らげる事に没頭した。


2010.11.30