風邪
(あ、やばい、な…)
朝、目覚めると真っ先に違和感を感じた喉を押さえ、タクトは眉を顰める
「…ぁ……ッ…」
(…声、出ない…)
昨晩から調子が変だと思ってはいたが、放っておいたのがよくなかったのだろう
音を出そうとすると、それは空気にとける
(ああもう…ッ……でも今日が休みでよかったな…)
──誰にも会わずにすむ。弱った自分は見せたくないんだ
ふっ、と熱の篭った息を吐き(実際熱があるのだろう)薬を取るため起き上がる
(…今日はゼロ時間に呼ばれないといいんだけど…)
いくらなんでもそれはやばいよなあ、とタクトはその光景を思い出しながら薬を含み、飲み込む
(本当は…何か入れたほうがいいんだけど、な)
食欲ないし仕方がないよな、とベッドに沈み込むのだった
(……だ……おま、え…は…)
「……ッ!!」
しばらくして、眠りについていたはずのタクトはシーツを跳ね飛ばし、息を荒く吐く
なんて夢を、と呟くが音にならず、煩く響く鼓動に衣服を強く握り締める
生々しくそれは次々と頭の中に浮かび上がり、タクトを苦しめた
(うるさいうるさい。うるさい…!!)
耳を押さえ何かを振り払うかのように頭を振り続け、だが熱のあるその身はくらくらと眩暈を起こし、後ろへタクトは倒れ込む
と、何かに支えられるように体は止まり、暖かな熱に包まれる
目を強く瞑っていたタクトは恐る恐る開け、体に回るそれに視線を向け、
「…大丈夫か…?」
優しく問いかけてくるその声に思わず視界が霞む
「……が…た…?」
こほっと音に鳴らない声を無理に出しながら咳き込み、相手の方へ目を向けようとするが、
落ち着けとばかりに背を撫でられ、ほうっと息を吐いた
その際に零れ落ちた雫を指で掬われ、ようやく泣いていた事にタクトは気付く
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、どうしてここに?と不思議そうに腕の主──スガタを見つめ視線で問う
「…昨日、変だったからね」
やっぱ来てよかった、と安堵したように苦く笑みを浮かべる相手に、ばれてたんだ…と顔を顰めるタクト
(気付いてほしくなかったなあ…)
いまだ、ほろりほろり、と流れる涙に何とか止めようと強く擦るが、擦ってはだめだよ、と手を掴まれ、
(止まらないんだ…)
タクトは途方に暮れた表情をスガタに向ける
「ふむ…」
スガタは僅かに首を傾げると考え込み、だが直ぐにタクトの頬に顔を寄せた
ちゅ、っと、顔に熱を感じ固まるタクト
それに気にした風もなく、零れる雫に口を寄せぺろりと舐める相手に、ぐっと体を押すと勢いよく離れ、ぱくぱくと口を開け閉め
「…あ、止まった」
「……ッ!」
(な、ななな舐めた…!この人舐めたよ…ッ!)
叫びそうになるが咳き込み、熱が急上昇したように感じると、くらりと視界が回る
「ほら、大人しくしないとだめだろ?」
(誰のせいだと…!)
熱だけではなく頬を真っ赤に染め、タクトは恨めしく相手をじとっと睨み付けた
その視線に、にこりとスガタは爽やかに(腹黒く見えるけど)笑み、いきなりタクトを抱き上げる(俗にいう姫抱き)
「……!?」
(…え?な、何…!?)
ぽかんと相手を見つめるが、はっとして腕の中でタクトは暴れる(それはびくともしなかったが)(悔しい…!)
「僕の家の方が色々と都合がいいし、移動しようか」
(何でいきなり!?)
酷くなる前に、ね、とそれはそれは実に楽しそうな笑顔を向け、外へと足を向けるスガタ
(あ、あれー?こいつ強引になってない…!?)
なにがなんだか、と展開についていけず目を回すタクト
「…さて、大人しく看病されてね」
耳に甘く囁くよう声を落とし、体を冷やさないようコートに包まれ運ばれるが、途中見えた目には不安の色
もう、仕方がないなあ、と諦めたように息をつくと体重を預け、落とすなよ、と口ぱくで相手に話しかけた
もちろんと嬉しそうな笑みを向けられ、ばーか、と呟くと目を閉じる
(スガタといたら悪夢もどこかにいったし…寮は人の気配が多いから落ち着かないし…
ま、ゆっくり休むとしますか)
屋敷に着くと待ってましたとばかりにジャガーたちに歓迎され、あれよあれよと部屋に運ばれる
「…早く声を聞かせてね。調子が狂うんだ」
(ああ、分かったよ。だから…そんな泣きそうな顔をするなよ)
紡がれる心配そうな、不安たっぷりな声に苦笑を浮かべ、頷いた
それから甲斐甲斐しく世話をするスガタに、新鮮な目で見つめながら看病を受けるタクトであった
(だが、セクハラじみたことはやめてほしいな…!)
(ワコたちの目線もなんか怖いし…ッ)
────体調が可笑しいと精神も弱るんだ
(スガタだから、とはまだ分からないけど…安心、するのは確かだし、な)