蜂蜜
ぼんやりとした思考で布団に潜る。
暖かいのは人肌があるからか。
確か昨日は一緒に飲んでいたはず。
途中から記憶がないのは何回目だろうか。
「おはよう、アーサー」
柔らかい声が朝日と一緒に降ってきて眩しい。
「なんで一緒に寝てんだよ」
「アーサーが放してくれないんだもん」
そう言うフランシスの声は恋人に愛を囁くときのような甘さで、不思議な心地がした。
文句の1つでも言ってやろうと思ったが、酔っ払いの相手をさせたことと、朝から喧嘩することの面倒臭さを考えてやめた。
1度だけ暖かい手がそっと髪を撫でた感触がして、フランシスが離れていく。
「お兄さんは朝食でも作りますよ、アーサーも食べるだろ?」
小さく頷く。
小さくフランシスが笑った。
胃の中はまだ少しだけ気持ち悪い。
フランシスのことだからきっと考慮して作ってくれるだろう。
ホントは朝食はお腹いっぱい食べたいのだけれど、今日はそんな気分ではなかった。
邪魔な隣人の消えたベッドは広くて、ゴロゴロと少しだけ惰眠を貪る。
気持ちが良い。
ふと嗅ぎ慣れた香水の匂いがして、また不思議な気分になる。
不快ではない。
こんな感覚は久し振りだった。
でもそれが何時のものなのかは思い出せない。
この感覚を何といったっけ?
キッチンからいいにおいがする。
あと少しで朝食の時間だ。
まだベッドに居たがる身体を引きずって床に素足を下ろす。
冷たい床の温度が伝わって少しずつ意識がはっきりとしてくる。
爪先で靴を探してベッドから立ち上がる。
「坊ちゃん、御飯出来たよ」
「ん」
フランシスの向かいに座る。
テーブルにはクロワッサンと目に鮮やかなサラダとカフェオレが並べられている。
カフェオレの温かそうな湯気が、柔らかな空気に満たされた空間に溶けていく。
クロワッサンを口に運ぶ。
ふとフランシスの視線を感じる。
「何だよ」
「どう?」
「どうって…不味くない」
「そっか、メルシー」
「ん」
フランシスがクロワッサンを食べるその仕種が酷くゆっくりに見えた。
カフェオレを口に運ぶ。
甘くて苦い味に安心する。
温かい空気がふわりと揺れた。
「なぁ、アーサー、付き合わないか?」
すとんと胸に落ちたその言葉が、あまりにも自然すぎて驚く程すんなりと頷いてしまう。
フランシスが少しだけ驚いた様子を見せたが微笑んだ。
「メルシー、アーサー」
「礼なんて変だろ、別れるみたいだ」
「それもそうだな」
昼食にはきっと手作りの甘いデザートと飛び切りの紅茶がつくのだろう。
いつもと変わらないその風景が幸せなひとときになるような気がした。
end