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ちょっとお休みちゅう
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novelistID. 19920
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あけすけプレパラート

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カリタの、いっちばん高いやつ。センスのいい控え目な赤茶がキッチンによく馴染んでる。おしゃれなだけでなく性能だってもちろんいい。豆だって先生が厳選に厳選を重ねた一級品だ。食器だって手を抜いちゃいないし、家具も高級感がある。けれど先生って、こう……自分の肌に触れるものは、結構安っぽいものを選ぶ人なのかな?
 広瀬康一は考える。手を洗わせてもらおうと洗面所へ来て、まず目についた、色違いの歯ブラシ。子どもっぽい、ミキッーとミーニの柄が柄に入った、明らかに小児用のものだ。2本あることも気になる。まさか朝と夜で分けるでもあるまい。歯磨き粉は外国語で読めない、高級そうなものなのに……変だなあ。そう思って、変なのは元々か、と気づきなおす。
「康一くん、砂糖、いくつにする?」
 ぬっと現れたその影は、康一よりずっと上の位置から見下ろしてくる。けれど瞳は親しみやすそうに光を取り込み、思ったより気さくに口を利く。
「あ、えっと、ふたつ」
「ふたつ。わかった」
 わざわざ聞きに来てくれるなんて、甲斐甲斐しいなあ、お嫁さんみたい。しっかりと筋肉はついているけど男としては細い方だし、独特の美的感覚を持った人形のようなルックス。女の子に人気なのはファンレターの数を見ればわかるけど、もしかすると、男性からも……ごくり。
「助かるよ、康一くん。そのまま捨てると近所の目が痛くて……まあぼくにとっちゃあ毛虫みたいに嫌われようがボロクソに言われようが関係ないんだが、食わずに捨てるというのは、作った人への冒涜だからね。どんどん食ってくれ」
 セクシーなくちびるがカップに触れる。甘いものは好きじゃないのだろうか、テーブルに所せましと並べられた様々なお菓子たちの、ラッピングをひん剥かれたあられもない姿。コーヒーが先生の喉を通る。ぼくも一口いただいてから、遠慮なく手を出した。
 (ゲエッ、これ、サンジェルマンがごく稀に出すラスクだ……! こんな高いものをッ……!) 値段を言いだせばきりはないだろうし、先生にとっては差し入れの値段が高かろうが安かろうが美味かろうが不味かろうがどうだっていいんだろうけど、真心こめて贈った露伴先生への差し入れが、よもや赤の他人に食べられていると知ったら、ファンの子たちはどう思うだろう。ヒステリーを起こすだろうか?
 女の子って、恐ろしい。他でもない自分の身で体験したリアルなそれ。女の子はなにより恐ろしい。特に、好きな人への気持ちっていうのは、ぼくが想像し得る範囲を容易に突き抜けて、するどい毛先で刺してくる。その華奢な体躯のどこにそんなえげつない欲望を飼っているのか、ぼくはいまだ見当もつかない。将来身体に生命を宿すくらいだから、神秘って言えば神秘だと思うけど。
 人を好きになるって、その気持ちは、ぼくにもわかる。危機に似た胸に迫る強いちからと、あったかい日差しと、少しの憧れ。指先同士が触れあうだけで感情が流れ込み、自分はこの人が好きで、この人も自分が好きで、そういう優しい血の応酬みたいなのが自然に行われる幸福感。溺れる。
 露伴先生はラッピングについていたりぼんを変なかたちに結んだりして遊んでいたけれど、すぐに飽きて、いまはただぼうっと宙を眺めている。原稿のことでも考えているのか、はたまた今日の夕飯のことを考えているのか、先生の表情はおしなべて曖昧に歪み、心底が読めない。マイペースと言えばマイペースなんだろうけど、ちょっと強引すぎるなあって、ぼくは思う。
 ペンだこの出来た指でカップを持ち上げる仕草が色っぽい。濃厚なチョコレートのようないろをしたそれが口腔に侵入し、下の歯に触れただろうとき、ふと疑問を投げかける。
「洗面所に歯ブラシ2本ありましたけど、あれってなにか意味があるんですか?」
 眼前に黒鳶いろのヴェール! 勢いよく吹きだされたコーヒーがテーブルを濡らした。先生は余程驚いたのか気管に入ったのか激しく咳きこみ、ソーサーが割れるほど強くカップを叩きつけた。そして落ち着かぬまま、口元を拭いながら、
「ちっ、違うんだッ康一くん! あれは仗助のクソッタレが勝手に」
「えっ? 仗助くんのなんですか?」
 多少のことでは動じぬ露伴の、きれいで透き通った瞳が石化し、指先の爪が纏う空気すら凍りついたかのような様は、康一の目に興味深く映った。へえ、先生も動揺とか、口を滑らせたりするんだ……と、顕微鏡のレンズを覗くように至極冷静に、どこか呆けた風に感心してみせた。ラスクを齧るとやかましい。上の空でいることに罪悪感がないのも、空気を動かす人間がいないからだろう。
 そのとき、玄関のドアが音をたてた。墓穴を掘ってからいままで、電池が切れたように思考停止に陥っていた露伴は、それに精神を弾かれたように我に返り、若干青ざめた風貌で椅子を蹴り、康一の隣を足早に通り過ぎていった。
「よォ~露伴先生。早速でわりいんスけど、おれ汗かいたしシャワー借りていいスか?」
「馬鹿ッいますぐ帰れッ! いまはそれどころじゃないんだ!」
「冷てェ~~! いいじゃん、今日はメシ食ったらすぐ帰りますって」
「そういう問題じゃないッ!! おい待て、あああくそッ、どうしてこうもぼくの言ってることと逆のことを……!」
「あ、新しい歯ブラシ買っといたんで、出していいっスよ」
 仗助くんがぼくに気づくことなくシャワールームへ向かう。ミルクを加えてキャラメル色になったコーヒーを飲みほして、ふと視線を落としてズボンを見る。先生の唾液と混じったコーヒーで湿り気を帯びた布の、生々しい感触。布擦れと、水音。鼓膜を撫ぜる。濃密な音の雨で、きっと窓の外まで濡れねずみ。