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Rest in peace. #02

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鉄パイプのベッドに腰掛けながらぼんやりと外を眺める。
今日はいい天気だ。この保健室にも陽の光がさんさんと降り注ぐ。
この身体はもう日光の暖かさを感じることはないが、それでも気持ちが良い。
睡眠を取ることはないけれど、目を閉じればうとうとしそうな陽気だった。
鳥の鳴き声を聞きながら、平和だなぁ、しみじみとそう思っていた。

これでこの部屋がもう少し静かなら、何も文句はないのに。
肩越しに振り返ると、数人の女子生徒が甲高い声で笑っていた。
それらの目線は全て、白衣を身にまとった一見爽やかな、あの保険医に注がれている。
彼は薄く口元に笑みを張り付けたまま、彼女たちの相手をしている。
女性が好みそうな、柔らかな表情と口調。彼はすぐに女子生徒の人気者になった。
昼休みの時間になれば大した用がなくても毎日、誰かしら訪ねてくる。
そんな彼女たちを彼は決して無下に扱わず、軽く相槌を打ちながら午後のひと時を過ごす。

騒がしい保健室は嫌いではないが、どうにも落ち着かないので俺はため息をつく。
すると一瞬だけ保険医の目がこちらを見た。それにぎくりとする。
折原臨也というこの男は、既にこの世のものではない俺の姿が唯一見える存在だった。


「君って自分の名前もわからないの?」


初めて彼と会った時に、彼は臆することなく俺にどんどん話しかけてきた。
誰かと会話するのなんて、何時ぶりなのだろうか。
それこそ「生きていた頃」以来なのではないだろうか。今や思い出せないことだが。
この口はちゃんと人にわかるような言葉を紡げるのだろうか。
それと、目の前の人間を信用していいのかという二つの不安を抱えていた。
どうしてか俺は、この男の笑顔がどうにも苦手で、疑いたくなってしまうのだった。
それでも確実に見えているのだろう相手から話しかけられれば、答えなければならない。

俺は恐る恐る、ぽつぽつと話し始めた。どうやら俺の言葉は彼の耳に届くらしい。
記憶らしい記憶などほとんどないこと、どうしてここに居るのかわからないこと。
自分のことでさえ名前すら覚えていないこと、この保健室から出られないこと。
今まで誰ひとりとして俺のことが見えなかったこと。
沢山話すと少し疲れた。疲労など溜まらないはずの体だけれど。

「俺は別に、誰かを脅かしたくてここに居るわけじゃねぇ。ただ全てを知りたいだけだ」

それが願いだった。今まで誰にも言ったことがない、否、誰にも言えなかった。
言うだけ言うと何となくすっきりした。先の見えない自分自身への不安は消えないが。
男は意外にも、黙って俺の話をただ聞いていた。本当に聞こえているのか怪しいほどに。
ちらりと視線を送ってみると、男の目は俺を真っ直ぐに見ているようだった。

「知ったらどうするの?」

俺の長い説明への疑問はひとつだけらしい。
先程、女子生徒に向かってあれほど饒舌に語っていた口が今は何だかとても大人しい。
ころころと雰囲気が変わる奴だと思った。そいつ自身の色がまだ見えてこない。
まぁ、まだ会って数分しかたっていないのだから仕方がない。
それにしても、考えていることがわかりにくい奴でやりづらいなと思った。

「そしたら静かに、成仏するさ」
「静かに・・・ねぇ」

男は椅子に腰かけながら興味なさそうに呟いた。
そして今日から自分のものになる机の上を適当に整理し始める。
前の保険医が置いていったらしいペンや書類を手当たり次第に捨てている。
こうやって自分のことを話したのは初めてだった。
でも話したからと言ってこの男が俺の手助けをしてくれるとは限らない。
霊媒師でも何でもない、ただ俺が見えるだけの新米の保険医だ。
別に手を貸してやる理由もないし、助けてくれと頼むのもおかしい気がした。


「じゃあシズちゃん、静かに消えたい子だからシズちゃん。決定ね」
「・・・は?」
「迷っているこどもを手助けするのも保険医の仕事。改めてよろしくね、シズちゃん」


椅子をくるりと回転させて、俺のほうを向きながら彼が言う。
笑った顔は何か悪だくみを考えているような、よくない顔に見えたけれど。
それでももう一度伸ばされた手を、今度は握り返そうと手を差し出すくらいには。
この男を信用してやってもいいのかなと思えた。




「せんせぇ、ここって幽霊でるんでしょ?大丈夫なの?」


一人の女子生徒の甲高い声が耳に入ってきた。その声にはっとした。
その言葉に他の生徒たちも興味津々といった様子だ。
今まで背を向けていたが、その問いかけに男がどう答えるのか気になった。
肩越しに振り向いてみると、男は俺のほうなんて見もしないで、机に向かっている。


「幽霊なんて、出ないから大丈夫だよ」


いつも通りの口調で、さらりと男は簡単に嘘をつく。
そして俺は再び窓の外の陽光を浴びながら、己の掌を見た。
あの日、彼の伸ばされた手を握り返そうとしたけれど、出来なかった。
どうやら俺は生きているものに触ることが出来ないらしい。
何となくそうなんじゃないかな、と思っていたから大して驚かなかったけれど。

「魂の感触ってこういうのなのかな」

俺にはもう感覚はない。だから痛くも痒くもなかったけれど。
男は透き通る俺の掌に自分のものを重ねて、何度も握ったり離したりを繰り返した。
顔には何の表情も乗っていない。だからそれが冷たいのか暖かいのか、わからなかった。
作品名:Rest in peace. #02 作家名:しつ