死亡フラグならぬ不幸フラグ
最悪だ………
竜ヶ峰帝人、来良学園の一年生。名前以外は何処にでもいるような平々凡々な一般市民(本人曰く)。
しかし、彼の心の中は今、ハリケーンと台風、ついでに嵐がまとめてやって来たかのように荒れていた。そりゃもう、荒れ荒んでいた。
「最悪だ………」
もう心中で何度繰り返したか分からない言葉を溜め息混じりに呟けば、隣を歩く幼馴染兼親友である紀田正臣が聞きとがめた。
「なになに、どうかしたのか、帝人?」
大げさとも言える仕草で問いかける正臣だが、その瞳には心配の色が窺える。
「一人で溜め込むのはいけないぞ。この頼れる大親友に相談してみろ」
「あー……うん、なんでもないよ」
少し躊躇うような素振りをした後、帝人は弱々しく笑って首を横に振った。
「いやいやいや、そんなでっかい溜め息を吐いておきながらなんでもないはないと思うぞ」
「んー、本当大した事ないよ。人生終わったなぁって思っただけだから」
「は?ちょっと待ってっ、それ、メッチャ大事だろうが。何があった、話してみろっ」
がしっと帝人の肩を掴み、正臣は突っ込みを入れつつその体を前後に揺さ振った。
「ふっ、長いようで短い人生だったなぁ」
質問には答えず、達観したよう笑みを浮かべて視線を逸らす帝人。
「おいっ、一体何があったんだ」
「………」
「帝人っ」
沈黙する帝人に焦れたように名前を叫べば、
「………恋の定義」
耳を澄ましてようやく聞こえるほどの小さな呟きが漏れた。
「は?」
「教室で話してたでしょ?」
「………おう」
言われて、正臣は数十分ほど前のことを思い出す。
帝人の日直の仕事が終わるのを待っていた間、クラスメートたちとそんな話をしていた。
だがそれがなぜここで出てくるのか、訳が分からずに眉を顰めれば、帝人が弱々しく口を開いた。
「それにね、当てはまった人がいたんだよ」
『その人を見てると、ドキドキしてしまう』
『その人のことを考えると、甘いような、切ないような気持ちになる』
『自分のことを見てほしい』
『笑いかけられると、幸せな気持ちになる』
『その人が他の誰かを好きかもしれない、と考えただけで苦しくなる』
・
・
・
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確かそんなことを話していたような気がする。
つまり、それに当てはまる人がいるということは―――
「―――おめでとう?」
首を傾げて見せる正臣に、帝人は思いっきり泣きたくなった。
「お願いだからそれを言わないで、死にたくなるから」
「は?何でだよ?いい事じゃんか」
「相手が最悪だからだよ」
「え?誰?俺の知ってる子?」
気になって相手のことを聞けば、帝人の瞳を暗い陰が横切った。
「………えっと、イメージていうか、全身が黒ずくめで」
「ふむふむ」
「原宿在住で」
「ほー」
「人間ラヴと言って憚らない人で」
「……へ?」
「自称無敵で素敵な情報屋さんで」
「……………」
ドーン
ドッカーン
『死ねぇぇぇぇ、ノミ蟲がぁぁぁ』
それ程遠くないところから破壊音と、ある意味聞き慣れた怒鳴り声が聞こえてきた。
「ついでに、恐らくていうか確実に今静雄さんの投げ飛ばす自動販売機とか、振り回す標識のターゲットになってる人」
「…………………マジ?」
「本気と書いてマジと読む」
「勘違いってことは?」
「正臣たちが話してたことにほとんど当てはまった」
「………」
「………」
「……や」
「や?」
「止めておけ!悪いことは言わないから、あいつだけは絶対に止めておけ!!」
「うん、できれば僕も止めたいんだけどさ、こればかりはどうしようもない」
「―――…………」
感情ってものは容易にコントロールできるものじゃない。
それを身にしみて分かっているからこそ、正臣はそれ以上何も言えなかった。
「最悪だ」
再び帝人の口から漏れた溜め息にも似た呟きに、正臣は心底同意するように重々しく頷いた。それしかできなかった。
ドーン
ガッコーン
聞こえて来た日常化しつつある非日常的な破壊音は、なぜか今日はやけに二人の心に響いたのだった。
作品名:死亡フラグならぬ不幸フラグ 作家名:雷佳