指先で気づいて、言葉で知らせて
穏やかな日差しが優しく降り注ぐ縁側に、深く長いため息がした。
ため息の主である菊は、息を吐ききると後ろにある障子にもたれ、傍らにあった携帯を開いた。
眉をひそめながら送信履歴を開き、一番上にあるメールを開く。宛先人はアーサー・カークランド。
菊は丸1日放置し、2時間以上かけて考えた5行ほどの文章を、30秒程度で目を通すと携帯を閉じた。何回も読み直しているのに落ち着かない。内容に不自然な部分はなさそうだ。
菊はマナーモードを解除し、自分の視野に入らない所に置くと、愛犬であるポチ君を膝に抱き上げモフモフし始めた。
菊がポチ君をモフモフするのは決まって考え事をする時だった。ポチ君の柔らかい毛を触っていると、モヤモヤした気持ちが晴れる不思議な力があった。
しかし、この考え事だけはポチ君をモフモフしてもその効果はない。
事実、昨日もアーサーへの返信を考えながらポチ君をモフモフしたが、疲れて眠ってしまい結局丸1日放置してしまった。
アーサーさんはどう思われたでしょうか…
もともと菊は携帯を携帯しない性格だが、今まで丸一日返信しなかった事はなかった。
アーサーとアドレスを交換して2週間、彼からは毎日メールが送られてきた。
最初は失礼にならないようにと返していたが、菊の言葉に素直に喜ぶ文面や、翌日合った時のはにかんだような笑顔を見せるアーサーの反応に、菊もいつの間にか楽しくなっていた。
アーサーへ返信する時、菊はアーサーが受け取った時の表情を想像しながら言葉を紡ぐ。
「お疲れ様です」「それは素敵ですね」「アーサーさんからの連絡はとても嬉しいです」
「あなたと話していると心が暖かくなります」
自分の言葉を喜んでくれるアーサーの存在は、菊の中で少しずつ変化した。
−「あなたの事が好きですよ」−
大学の溜め込んだレポートを始末し、徹夜明けの朦朧とする意識の中で考えた返信。
いつものようにアーサーの顔を想い浮かべたら自然に出て来たワード。
送信直前にその文面に気づき、菊の指先が止まった。
好、き…?
突然眠気が吹っ飛び、心臓が飛び出るのではないかというほどの衝撃。
菊の目の前でチラチラとその2文字が躍っていた。
作品名:指先で気づいて、言葉で知らせて 作家名:香月漣菟