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麦の穂を揺らす風

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都会は嫌い。田舎も嫌い。
休暇中にいい滞在地はないかと、ガイドブックをめくるわけでもなく、ただただ頭の中で理想を描いた。理想は小川が近くにあって、小川が隠れない程度に緑のある景色。実際滞在した場所は理想とは程遠く、目の前が草原になっていて細い道が目の前を通る、ただの田舎だった。

それでも私はここが気に入った。イル・ポスティーノ。そう呼びたくなるような世界だった。銃声もなく、時折見かける人々はかさぶたをかっぱいただけの血で大騒ぎ。微笑ましいと思った。難しいものなんて一切ない、単純で、ロジックという言葉さえ知らない世界。それなのに私は、ロジックという言葉が似合うと思った。ぐちゃぐちゃで、呑気で、草草のざわめきが麦の穂を思わせ、なんとも名前が付け難い。イル・ポスティーノ、ロジック。もうひとつだけこの世界に似合う言葉を当てはめるとしたら、それは間違いなく『休暇』だ。

大きな窓に向かい合うように備え付けられたデスクは、昼過ぎになると眩しすぎる。ベッドに横になる気は起きなくて、午後の3時に太陽光の差すデスクに腰かけた。眩しい光を遮断するように本を開く。肘をついて、肩をあげて、我ながら下品な格好で本を開いた。本はまだ半分ほどしか読んでいない。休暇中やることがないと思って本を4冊も持ってきたのに、私は驚くほどぼんやりと時を過ごした。5分置きに時計を見る、典型的な退屈を味わったのに、それでも私は本をほとんど読まなかった。私は苦手なのだ、突然環境が変わるということが。途端、どうしていいかわからなくなってしまい、なんでもないことができなくなってしまう。例えば、そう、ベッドに寝転がることとか。いつもと同じ時間にシャワーを浴びるとか。本を読むとか。せっかくの休暇に何をしてきたのだとからかわれるのが目に見えている。

ページは一向に進まなかった。光を遮るためだけに目の前にかざしただけだったから。第一こんな逆光の中では目が疲れてしまう。
そうやってまた無駄な一日を終えそうになったとき、電話が鳴った。電話は唯一普段と同じもの。私は迷うことなくそれを耳に当てた。

「もしもし」

『やあ。どうだい、休暇は』

電話は、普段プライベートな連絡を怠るタイプの男からだった。だから、少しだけ驚いた。けれど同時に、上司と話すということが私を安心させる。

「暇です。やることがありません」

私は素直に今の自分が「どう」なのか告げた。苦笑が段々と本物の笑いに変わる。

『君らしいな。休暇は明日までだろう。どこにいる?今夜よければ一杯、と思ったのだが』

普段この人から誘われることは少なくない。私はいつも断っていた。今は気分が違う。行ってもいいかな、ではなく、行きたいと思った。

「大佐はどこに?」

『どこって、軍だよ。いつもの』

大佐は私の発言に驚いたようだった。こちらからしてみれば、どうしてそんなに驚くことがあるのかわからない。会おうとしている相手の居場所を聞くのは礼儀ではないだろうか。私はここです、と言えば大佐はじゃあそっちで飲もうと言い出すかもしれないし。
そこで、ふと、私がいる場所が決して「軽く一杯」に向いた場所ではないことを思い出した。大佐がいる場所よりももっともっと東にあり、普段より多く飲んだとしても移動距離に釣りあう程ではない。むしろ全然釣り合わない。

「今日は無理です。私は遠くにいるので」

最初から断っておけばよかった。一度乗り気な態度を見せておいて、それから断りを入れるだなんて、恥ずかしいことこの上ない。

『でも飲みたいんだろう?』

「ええ」

私は子どものように素直だった。後先のことは何も考えていない。普段であれば、このとき大佐が何を考えているか、すぐにわかったはずなのに。

『私も休暇を取ろう。今からそっちへ行くよ。そうすれば、飲めるし、明日一緒に帰れるだろう』

何を言っているのだろう、と思った。確かに飲みたいと返事はしたが、一緒に帰りたいだなんて言っていない。それに今日は無理だと断った。それに今から、って、この人は仕事中じゃないのかしらと少しばかり呆れる。呆れてしまっても、それはやっぱり嬉しい誘いだった。

大佐が場所を問い、私が答え、意外と遠いなと大佐の渋った様子を垣間見たが、結局曖昧なまま電話は切られた。大佐は来るだろう。何時になるかわからないけれど。
私は電話を置き、本をデスクに置く。そしてスリッパを履いてバスルームに向かった。髪は普段と同じように上げていたが、鏡の前で髪を下ろす。手でぺたぺたと頭を触り、軽く髪を整えた。

大佐が来るまであと数時間はあるだろう。少しだけ散歩にでも出てみようか。何をしていたんだと聞かれても大丈夫なように、何か口実を作ろう。
バスローブを床に落とし、服を選んだ。いつもと同じような格好。変わり映えなんてない。必要もない。ただいつもと違うのは、私は散歩に行く前にウイスキーを飲んだことだ。そして普段は塗らないルージュを塗った。髪を耳にかけ部屋を出ると、すぐに強い風によって髪が耳から外れ視界を塞ぐ。その度に私は髪を耳にかけた。
どこへ行こうかな。とりあえず、ここ数日ずっと見ていた草原の中でも歩いてみようかな。がさがさを背の高い草をかき分けるようにして道なき道を進んだ。段々楽しく、そして切なくなってきた。名前も知らない歌を鼻歌で歌った。大佐を恋しく思いながら。
作品名:麦の穂を揺らす風 作家名:ニック