心情吐露
やはり深い所に在る想いは、言葉にしないと正確には解らないらしい。
声に出す。
言葉にする。
…苦手な分野ではあるが、しかし。
「…必要なのだろう、な」
己に言い聞かせる意味で、小さく声に出す。
自覚と認識は大事だ。
想いを形にし、言葉にする。
正しく、伝わるといい。
…抱き締めて、その耳元で囁けば、伝わってくれるだろうか。
「利劔様」
「…ああ」
稽古を終える頃。
手ぬぐいを手に、薄蛍が笑みと共にやって来る。
陽を浴びながら、一心に竹刀を振り、汗を飛ばしながらの稽古中。
そんな事を考えていた自分を知ったなら、彼女はどう思うだろうか。
「…ありがとう」
「いいえ、そんな…」
手ぬぐいを受け取り、短く感謝の意を示す。
照れた様な、嬉しそうな、幸せそうな笑み。
…その笑みに、応えられているだろうか、自分の顔は。
言葉が足りない上、表情も乏しいだろう自分に、柔らかく笑い掛けてくれる彼女に。
己の言葉で、伝えたい事がある。
「…あの、利劔様?」
「…ああ、突然すまなかった。話がしたくてな」
「い、いいえっ!!私は、その…利劔様とお話するの、好きですから…」
そう言ってから、自分の発言に恥じ入ったのか、頬を染めて俯いてしまう。
微かにはしたない…などと呟きが聞こえたが、そこまで言う程の事だろうか。こちらとしては嬉しいのだが。
現状としては、縁側に二人座っての日向ぼっこだ。
こちらからの誘い…というか、有り体に言ってしまえば。
…総角と親しそうに話している所を、掻っ攫った。
度し難い。
────この浅ましいまでの独占欲は。
深い場所へと隠しているという自覚があるものの、表に出すのは憚れる。
それでも度々外へ出てしまうのだから、修行が足りないのだろう。
…抑えるその一方で、伝わってしまえばいいと思う事はあるが。
そんな自分を、彼女は恐れてしまうだろうか。
…それでも、いつか。
「…利劔様?」
小首を傾げ、こちらを覗き込んでくる薄蛍。
頬に赤みは残っているが、落ち着いた様だ。
不思議そうに、心持ち上目で窺う様に見上げている。
…あどけなく、無垢なその表情が、怯えに歪むのは見たくない。
俺は臆病者だ。
「…どうかされましたか?」
気遣う様な声。
心配そうに、眉尻が下がる。
そんな顔もさせたくないのだが。
「…いや」
短く答え、柔らかいその髪を撫でる。
………む。
いつの間に手を伸ばしていたのだろう。
もう癖の様なもので、この手の動きは無意識だ。
だが、こうすると無条件に癒され、和んでしまう自分がいる。
その心情が伝わったのか、ふわ、と花咲く様に微笑む彼女が嬉しい。
…そして、愛しい。
「…やはりお前は、」
「………?」
思わず浮かんだ思いを吐露しそうになり、途中で切る。
しかし、この先を言わないのは不自然だろう。
薄蛍も笑みのままだが、続きを待っている様だ。
…ああ、照れるな、これは。
「………いや。お前は、可愛いな」
自分がどんな顔で言ったのかは解らない。
が、薄蛍が瞳を瞬いて、頬を染めていく様が、そんな事はどうでもいいと思わせる。
そして。
「…愛しいと、思っている」
…この想いは、正しく伝わっただろうか。
これ以上無い位に首まで真っ赤に染め上げた薄蛍が、そのまま顔を隠す様にこちらの胸に飛び込んできたので、言葉での答えは得られなかったのだが。
それでも、俺の服をその小さく可憐な手で必死に握り締めているその様子に、答えを得た気がする。
…ああ、しかし。
成程。
…声で、言葉で、相手が自分の事をどう思っているのか。
その口から、己の耳で、直接聞きたいと願う気持ちは理解出来た。
ともあれ、今は。
「…愛している」
その耳へと囁いて。
未だ己の胸に居る小さな身体を優しく、そっと、包み込んでしまう様に抱き締めた。
今度は彼女の口から答えを得られる様に。
願いをこめて。