冬の愚者
奥州の冬は長い。大地に雪が舞い降り始めれば、たちまち世界は白に染まる。
地面の奥に染み込んだ赤ごと雪は包み込む。白い視界、凍った空気、澄んだ匂い。
色彩が入り乱れ、轟音が響き渡る戦場も好きだが、それと同じくらい、この白一色の静かな時間も好きだった。
政務に追われながらも、息抜きだと決めて庭先に下りる。冬空に輝く太陽の、どこか冷えたような日差しを浴びて、庭木に積もった雪は雲母のように輝いている。
まだまだ冬の終わりは遠いようだと思いつつ、そっと息を吐く。
吐かれた息は白に染まり、そのまま宙に溶けていった。
「なぁ、甲斐もまだ雪だろう? あの赤いのはどうしてる? どんなに寒くても、無駄に暑っ苦しいのは変わってねぇだろうが……」
白しかない庭で一人呟く。小十郎が見たら風邪を引いたらどうすると、口うるさく言われそうだと思いながら、それでも部屋に戻る気はない。
「たぶん、これから夜にかけてまた雪が降るだろうな。用があるならさっさと済ませたほうがいいぞ。ちなみに、伊達はしばらく戦の予定はねぇ」
「……あのさ、一国の主が簡単に敵の忍に情報教えないでよ。それとも俺様見くびられてる?」
白の中から一瞬にして現れた橙。その目は実に不愉快そうで、なぜだかそれが面白かった。
「Ha、まさか。この雪じゃ、仮に戦をしたって相手も何もできやしねぇ。冬の恐ろしさを知らねぇようじゃ、奥州に手を出す前にテメェで滅ぶさ」
「まぁ、確かにね。でもその前に、敵の前で無防備に首さらしてる殿様のほうが、先に滅ぶんじゃないの?」
言うなり、首には苦無が突きつけられている。やろうと思えば一瞬にしてこの首を取っていかれるだろう。それでも。
「……何笑ってんの」
「……苦無がな、温かくってよ」
自分の命をまさに奪わんとするものが、温かいだなんて。冬の寒さでそう思うのか、それとも持ち主の体温が移ったのか、それは分らなかったが。
「悪かねぇなと思ってな」
忍は不愉快そうにしていた目を大きく見開いて、何も言えずにこちらを見ていた。
それを見て、より一層笑みは深まり、しまいには声を出して笑いだした。
「呆けてんなよ。アンタ、この首取るんじゃねぇのか?」
「……それは真田の旦那がやるさ。それまでちゃんと生き延びててよ? おばかな竜サン」
橙色の忍は言い終わると同時に消えていた。幻だったのかもしれないと思ったが、首に残る一筋の温かさが、幻ではなかったと証明している。
「アンタだって馬鹿だろうが。敵の大将に忠告するなんざ」
苦笑まじりの呟きは雪に吸い込まれ、消えてしまった橙に、届いたかどうかは分らなかった。