さけぐせ
酔うと性格が変わるなんて話はよく耳にするもの。
それは見知った仲間と飲んでいるときにも、自分自身よく体験する事だ。
そんな人間のあしらい方も、扱い方も、人並み以上には慣れていると、自負していたはずだったのに…。
…しかし今回ばかりは、目の前の何とも言えぬ状況に、ただただ苦い表情を見せる事しか出来ない自分がいた。
「舐めろ」
普段通りの有無を言わさぬ口調で足を差し出され、杯を手にしたまま固まる元親は、複雑な表情を見せる。
「…酔ってんのか?」
「我は酔うてなどおらぬ」
一応、意志疎通は出来るらしい相手…元就に、若干安心しつつも、この状況をどうしたものか…と元親は頭を抱えた。
元就のことだ。
きっと自分の満足がいく結果が得られなければ、彼は途端に機嫌を損ねるに違いない。
そうなれば、目の前の上等な酒も、美味い飯も、さほど味あわぬまま、元親が屋敷を追い出されることは明白だった。
元親は海賊という生業柄、物欲の強い人間である。
そのうえ、普段はあまり上質なものを口にできない生活を送っているせいで、目の前の美酒と己のプライドとを天秤にかけるような…そんな、何とも情けない思考に陥ってしまっているのだ。
しかし、元親が考え込むのには、それだけではない、もうひとつの理由があった。
もし、元就ではない他の誰かに“足を舐めろ”なんで言われても、頑なに拒否するだろう。
だがそれが出来ないのは、元就とは互いの体の味を知る関係…つまり元親は、今日も今日とて多少の下心を抱えて、この酒宴に訪れていたのだ。
──…あわよくば、このまま食ってしまえるかもしれない。
そんな淡い期待が頭をもたげるものだから、元親の思考はグラグラと揺れて、今ひとつ拒絶の言葉を口に出来ずにいたのだった。
欲望とプライドの葛藤に、元親が、どうしたものかと考えあぐねていると…不意に、唇に触れるものがある。
その感触に驚き、元親が顔をあげると…しびれを切らした元就が、唇につま先を押し付けてきていたのだ。
「早ようせい」
そう端的に告げた元就の、唇を撫でる足指の色っぽさに、とうとう観念した元親は、おとなしくその指を口内へ導いた。
口に含んだ指に舌を這わせ、ゆるく吸い上げる。
自分の思いどおりに事の運んだ元就は、満足げな表情を見せ、時折くすぐったいのか小さく身を震わせ、吐息を漏らした。
酒のせいで、ほんのり朱に染まる頬があいまって、ひどく艶っぽい表情を見せる元就に、元親は思わず喉をならす。
指の腹、付け根を丹念に舐めあげ、時折軽く歯を立てる、股の部分に愛撫が及ぶと、元就は一瞬、息をつまらせて反射的に少し足を引いた。
その些細な変化を、目ざとい元親が見逃すはずもない。
意地の悪い笑みを浮かべた元親は、元就の弱点であろうそこばかりを責め立てるように、何度も何度も舌で舐めあげた。
単なる戯れとは違う元親の舌の動きに、元就は目を背け、浅い呼吸を繰り返す。
性的な色を含んだ舌遣いに、いつの頃からか下腹部がやけに疼いて…その感覚を何とかやり過ごそうと、元就は気を散らすために、方々に視線をさまよわせていた。
だがそれも、腿を這う指の感覚に、無理矢理引きずり戻されることになる。
「なっ…長曾我部、どこを触っている!」
「ぁん?まあ気にすんなよ」
元親の過剰なサービスに、自分の考えになかった施しを与えられた元就は、酷く狼狽した様子を見せる。
「もう、よい…」
弱い部分を的確に這う指に、口を開くと甘い息の漏れそうな喉を抑えこみ、元就はなんとか平静を装って、必死に言葉を紡ぐ。
だが、そんな元就の気を知ってか知らずか…元親は、舌での愛撫を、指から足の甲にまで広げていき、さらには空いた手で、肉の感触を味わうように、腿をゆるゆると撫で回している。
「ぁ…は、やめろ…」
舌の動きに加え、指の動きにまで追い詰められそうな元就の制止の声も、元親はのらりくらりと交わし続け。
「アンタがやれって言ったんだろ?」
ならば隅々まで…と言わんばかりのにやけた顔つきで、元親はこれ見よがしに、元就の足指を舐めてみせる。
そんな彼を、元就は怒りを込めて睨みつけるが、快楽で色づいた目元では、どうにも相手を煽るだけの結果となってしまう。
「いい顔だぜ…」
元就の色付いた表情に、元親は目を細めて笑う。
その頃になると、元就の体に走る快感の波も、足の先から付け根にまで広がっていて、さらにその先の雄の部分までもが、ゆるい反応を見せつつあった。
この体の変化を、流石にまずいと感じた元就は、おぼつかない足を引っ込めようと、必死で抵抗をする。
だが、所詮は勝敗のわかりきったこと…もとより非力な元就では、鍛えられた元親にかなうはずもなく…抗う元就に対し、仕置きだとでも言わんばかりに、元親の指が尻をなぞり、そしてついに、反応を見せ始めていた下腹部に触れる。
「や…やめよっ!」
その急な刺激に驚いた元就は、うわずる声を隠すこともなく叫び、そして…。
元就の自由な足が、見事に元親の顎にヒットして「ぐぅ」と唸った元親は、その場にばったりと倒れ込んだ。
…後日、またもや酒の席を共にした時のこと。
たまたまその座に顔を見せた兵士に、不意に足を差し出した元就は、元親にした時ように「舐めろ」と告げる。
そうして何の躊躇もなく、むしろ高揚した表情で必死に奉仕する兵士の顔面を、これまた何の躊躇もなく、何とも楽しそうに蹴り上げた元就を目にしてしまい…。
「こんなタチの悪ぃ酒癖は、見たことねぇや…」
…と、ほとほと呆れたように呟いて、元親は一気に杯を煽った。