落下ドライブ
どうせ彼の方には「5年来の同期が移籍して淋しそうにみえる後輩」への興味と、「いつも若手ばかりで固まって先輩に敬意は払うけど無条件では懐かないヤツ」への好奇心しかないのだから、彼のその飄々とした佇まいにそれ以上の何かを求めるのは、無駄とは言わないまでも無意味な事と自分には思えていた。
練習後、『明日休みだから。』と言葉巧みに助手席に押し込められて。
あても無くはじまった首都高のドライブは、24時を告げる頃に差し掛かっても終える事が出来ないでいる。BGM代わりのFMが定期的に伝える交通情報が、自分達が進む先のジャンクションで起こった複数台が絡む事故を告げたのは1時間も前の事だった。
日付が変わる前に帰れないかもなー。
呟いた彼の言葉に抑えきれない小さなため息を車内に落とす。のほほんとしてるようでそういった空気に人一倍聡い彼に、不安定な感情をもう隠すことはしない。それは年齢差による甘えが赦される関係、という以前に、いくら秘めようとしても、己の力量では経験値の高い彼にあっさり暴かれるだけだという所為もあった。
秘密の逢瀬の、その回数を軽いキスなどと共に重ねていく内に。直に触れないほど傍の体温に馴染んでいく内に。自らを守るように並べ立てた理由は薄く曖昧になり、当初は無かった熱を自分の身の内にゆっくり産み始めている。
会話はとっくに途切れている。簡単な意思確認でしかもう言葉も交わさない。
数時間もこの状態なのに、間にあるのが気まずさじゃなくてじれったさだなんてもう。
知らず詰めていた息をひそりと吐き出す。
そのタイミングを計っていたかのように、彼が前を向いたまま「どのくらいかかるかわかんないけど、次のインターで高速下りる、けど、」と。
その後どうする、と。
自分が零した溜息と同じ密やかさでつぶやくと同時に、いつの間にか俯いていた自分の頬にかかった髪を、指先でさらりとはらった。
(―いっそ、)
ほんの少しの空気の移ろいなのに、自分の中でおちていくものに拍車をかける乾いた指先。
何も聞かずに、いつもの自由気ままさで、欲望のままに振る舞ってくれれば、いいのに。
ゆるゆると加速をはじめた視界に、インターまで後2キロの看板が無常にも映り後方に流れていく。
選択権をこちらへ預けるようで、実はそうではない彼の、無意識な狡猾さを酷く憎みながら。どうしたらこの動く密室から、この重苦しい空気から一刻も早く逃れられるのだろうかとぼんやり考えていた。
深みに落ちたらたぶん、セーブなんて出来ないと。
振り回されて痛むのは自分だけだと。
わかっていても。
作品名:落下ドライブ 作家名:フラニー西田(仮)。