no title
悴んだ指先の感覚はとうになくなっている。
それをぎゅっと掌の中に握りしめ、あまりのぎこちなさに、小さく笑う。
自分の中のあらゆるものは、正常に機能していない。
もしかしたら、もうずっと前からそうだったのかもしれない、とも思う。
凍えるような寒さのせいではない。
昼から何も食べていない空腹のせいでもないだろう。
それよりももっと昔から、自分という人間を動かす大切な場所は、誤作動を繰り返し続けている。
どこかで何かを間違えてしまったのだろうか。
どうすることが正しかったというのだろうか。
未だに消えない、いつかの冬の夜の記憶。
指先には、自分のものではない温もりがあり、頬にかかるほど近い距離に、その吐息を感じた。
ほんの束の間のことだった。
それでも、あの数分の出来事が、自分の中の何かを壊してしまったのだ。
鳴り止まない心臓の音に、息苦しいほど、いとしいと思った。
何もかもは、始まることさえなく終わったのだ。
やがて溶けて消える雪のように、この想いも、消えてなくなるはずだった。
(………どうしてくれるんだよ、まったく)
ふとこぼれた自嘲と共に、視界が白く煙った。
見下ろす街の灯りは、いつの間にか降り始めていた雪片に重なり、淡く滲む。
そのどこかに、遠い日の想い出の欠片があるような気がして、目を眇める。
我ながらいい加減女々しいな、とは思う。
しかし、どうすれば壊れた歯車を戻すことができるのか、自分でもわからない。
そんな方法が本当にあるのかだって、わからない。
始めることさえできなかった。
それが、あの瞬間を永遠に失うことのようで、おそろしかった。
たしかに、あの記憶は失われずに、今も鮮明によみがえる。
しかし、始まることのなかったものを終わらせるなど、本当はできやしないのだ。
何もかもが手遅れで、それでも終わることすらできずにいるだけなのだ。
歪な形の想いだけが、行く先もなく、ただ冬の夜をさまよい続けている。
これまでも、今も。そしておそらくは、これから先もずっと。
(ゆめでも、まぼろしでもいいよ)
星の見えない深い夜の底で、こいねがう。
降り積もる雪の中に、隠れてしまうように。
決して、誰の眼にも触れないように。
どこへも、届くことのないように。
(――――きみの声が、聞きたいんだ)
頬のうえで溶けた雪は、音もなく滑り落ちた。