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ワールズエンド

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秋田が東京駅の事務所に顔を出せば、ソファには明らかにぐったりとした体の山陽が横になっていた。長い足を持て余す様に肘掛の外へ投げ出し、片方の腕は瞼の上に乗せて目隠しにし、ふて寝を決め込んでいる。
「山陽、払戻しだったんだって?」
問えば、狸寝入りだったのだろう、腕の下からややくぐもった声が返った。
「おう、二時間十分遅延でな」
「それはご愁傷さま。東海道、どうだった?」
「どうも何も、東海道ちゃんならいつも通りよ」
金にうるさい東海道のことだ。二時間を越えたことをねちねちと言ったのに違いなく、それに対し言い訳をしたり謝ったりなだめたりした結果がこれか、と納得して、秋田は一人頷いた。
「で、本人は?」
「怒ったまま部屋に帰ったよ」
「行かなくていいの?」
「こういうときは山形のがいいだろ」
山陽の投げやりな口調に滲むふて腐れた気配に、秋田はやれやれと肩を竦める。山陽は普段は飄々としていて、大概のことに関しては受け流すのがうまかったが、こうして拗ねた時には機嫌を治すのが難しかった。一言で言えば――面倒くさい。
「ねえ、山陽」
「あんだよ」
「山形だけどさ、さっき連絡があって、今日は東京戻れないみたいなんだよね」
ようやく、山陽が腕を顔の上からどかし、わずかに視線を上げた。
「だから、いまごろさ、東海道一人で泣いてたりして……」
投げ出していた足を体の方へ引き寄せて、山陽はソファの上に座り直した。そうして少し長い、薄い色に染めた髪を混ぜる様にあたまをかき、苦虫を噛み潰したような顔で宙を見る。しばらく秋田が黙ってそれをみていれば、根負けしたように山陽は視線を落とした。
「おれ、帰るわ」
「うん、お疲れ」
のろのろと、思い足取りで出て行く背中に、小さく手を振る。
「うまくやんなよー」
そして姿が完全に消えてから聞こえないように呟いて、まったく世話が焼ける、と吐息を漏らした。



馴染みの部屋の前についても、かけるべき言葉を見つけることができずに山陽は立ち尽くしていた。ようやく意を決して薄いドアをノックし、返事を待つが、部屋の中はしんとしたままだ。まさか出掛けているのでは、と半ば安堵して、ノブに手を掛ける。ひんやりと冷えたそれは、予想に反して軽い音で動いた。
在室しているにせよ、外出にせよ、てっきり閉め出されるものと思っていた山陽は、驚いて手元に視線を落とす。仕方なく静かにドアを開けて、体を滑り込ませた。玄関で靴を脱ぎ、たたきに揃えれば、横に一回り小さな靴が歪んだ角度で放りだされている。常であれば、人一倍マナーにうるさい東海道にしては珍しいことだった。そっと踵に指をいれて縁へ揃えれば、革靴はまだ少し、持ち主の体温を残している。
「東海道? 入るぜー」
可能な限り、何事もなかったかのような、普段の調子で声をかけた。部屋はやはりしんと静まり返っていて、しくしくと泣いている気配すらない。その静けさが逆に異様で、山陽は恐る恐る居室へ向かう。――いっそ泣いていてくれるのであれば、かける言葉に迷うこともないのだ。いつものように、なだめすかして、機嫌をとって、ふざけて頬や手の甲にキスの一つでもして怒らせればいい。
(怒られる前提っていうのはどうなのおれ)
自分の想像の中でさえ、東海道はあくまで東海道だった。規律正しいが打たれ弱く、妙なところで頑なで、自分の進む道に何一つ疑問を抱かない。そして、それが嬉しくもあるのだから仕方がなかった。
恐る恐る居室を覗けば、東海道は小さなソファに体を沈み込ませ、片肘をついてじっと前を見つめていた。
「山陽か? なんだ?」
「いや、お前が一人で、泣いてるんじゃないかって秋田がさ……」
「お前にはわたしが泣いているように見えるか?」
「……いいえ、見えません」
思わず丁寧語で応えたからだろう、訝しむようにソファから振り返り、彼は視線をよこした。
「そもそも、払戻しになったのはお前であってわたしではないぞ」
「お前ね、不可抗力って言葉は知ってる? 天気も人災もおれらにはどうしようもないでしょ?」
「そんな言葉は知らん。わたしの辞書にはないな」
それは、恐らくは彼なりの冗談のはずであった。しかしそれが真実のように思えて、山陽は目を伏せる。
(不可抗力だとか、諦めることを東海道は知らない)
だから彼は雨でも風でも最後まで抵抗する。走らなければと自らに責務を課し、鼓舞し、それが叶わなければ人目を憚らず大粒の涙を零して子供のように泣くのだ。彼と共に走る、そう決めていても、自分には、そこまで固執することができない。
「どうした?」
顔を上げれば、それは感情をうつさない、水面のような透明な瞳だった。返す言葉をわすれて見入り、山陽は無意識に眉を寄せる。
「ずいぶん、しおらしいな」
「そりゃあ、あんだけ怒られたらさすがの山陽さんも落ち込みますよ。可愛い子に優しくキスの一つでもして貰って、慰められたいくらいよ」
「下らんな。そんなことで慰めされるのか」
「お前は違うかもしれないけどさ、男なんて大概単純よ」
「そうか」
振り返るのに疲れたのだろう。ソファから立ち上がり山陽の方を向き直ると、彼は何かを考えるように小首を傾げた。相変わらず、黒々とした瞳は大きく見開かれ、じっと山陽に向けられている。
数秒も見つめあっただろうか、ふと、東海道が大股で距離を詰めた。意図を問う間もなく山陽の前で止まると手を伸ばし、その襟首をつかんで引き寄せる。思っていた以上に優しく、唇が触れた。触れている間、ほんの数秒ではあったが、山陽が驚いて目を見開いていたままだったからだろう。触れるだけで顔を少し離して、東海道は至近距離で鼻で笑った。
今度はわざとらしく、ゆっくりと近づいてくる、それに反射的に目を閉じ、少し唇を開いて応える。余裕のある態度とは裏腹に、隙間から覚束ない仕草で舌が侵入してきて、舌や口内を控えめになぞった。腕を伸ばし、抱きしめたい衝動を覚えたが、抱き寄せたが最後東海道が体を離すような気がして、山陽は体の横に腕を下ろしたままそれに耐える。
 さきほどよりはよほど長いキスのあと、少し息を上げて東海道は山陽を見上げた。
「なあ、いまの、なに?」
「お前がして欲しいと言ったのだろう」
問えば、それ以上は何も言わず、掴んでいた襟元を手のひらで押すようにして体を離し、何事もなかったかのようにソファへ戻る。ひきとめる声をかけるのも忘れて、山陽は離れて行く背中を見送った。
自分の感情ひとつ自由にならず、東海道の気まぐれで、こうやっていつだって左右される。それは心地よくも、どこか世界の隅に追い詰められていくような心地がした。たったひとつ、世の中で信じているものに、踏みにじられ、拘束され、そして――救われる。

(お前って、ほんとにおれのかみさまなのね……)
作品名:ワールズエンド 作家名:名村圭