Monologue-CASE I-
不思議だね。俺は人間全部が好きで好きでたまらないのに、シズちゃんのことだけは本当に嫌いなんだ。
そうだね、他のみんなみたいに俺の思うように動いてくれて、それでいて時々に意外なところも見せてくれたりなんかしたら、俺はシズちゃんのこと、みんなと同じように好きになれたのかもね。
──うん、分かってるんだよ。
そんな手垢の付いたような言葉、俺だってよく知ってる。
好きの反対は無関心。嫌いという感情をもって特別扱いしている時点で、その相手はなにかしら当人にとって重要な存在なんだ──なんてのはさ。
そうとも、よく分かるよ。そういうケースの具体例だって、俺はたくさん見てきたからね。可愛さ余って憎さ百倍? そんな感じの痴情の縺れとか。
俺の話? うん……さて、どうなんだろうね。
俺がシズちゃんを嫌いなのは本当だよ。本気で死んでくれないかなって思ってるし、実際何度も殺そうとしたし。
でも、それが実は愛情の裏返しかもしれない……なんて仮定は、けれど誰にも──俺にだって証明できない。
否定にしても、肯定にしてもね。
だって俺はシズちゃんが生きてる限り、なんでまだ生きてるんだろう、死んでくれないかなって思いつづけるだろう。シズちゃんが本当に死ぬときまでずっと──ね。
そういうベクトルの思いってのはさ、いくら言葉を取り繕ったとしても、やっぱり「嫌い」に属する感情に間違いないだろう?
嫌よいやよも好きのうち……か。そうだね。人の心は複雑怪奇。俺の心も例外じゃないかもね。
だからそう……きっと、シズちゃんがほんとに死んだときに、俺の気持ちがどうだったかっていうのは分かるんだろうね。
シュレディンガーの棺、ってところかな。
シズちゃんの葬式で──ああもちろん、原形をとどめた死体が残るような死に方をするなら、だけど──棺桶の中のシズちゃんを見たときに、俺が一体どう思うのか。
喜ぶのか──それとも悲しむのか。
その時に、俺がシズちゃんをどう思っているのか、本当のところが決まるんだと思うよ。
そう。『分かる』んじゃない──『決まる』んだ。
シズちゃんの死を観測することによって、俺とシズちゃんが出会ってからシズちゃんの死の時までの俺の感情の種類が総括して確定される。
それまでは好悪も愛憎も全てが等確率で併在で──つまりは重なり合っている。
うん──いいね。それはいい。そう考えるのが一番良いんじゃないかな。
そうするとシズちゃんが死ぬときが、いっそう楽しみになるね。
今は俺自身にだって決めることも知ることも出来ない、シズちゃんの死を観測して初めて確定する俺の心──ああ、楽しみだなあ。
うん、その時にはもちろん、俺はちゃんとその感情に従ってシズちゃんを見送ってあげるよ。
あるいは心からの快哉と笑顔を。
あるいは──人目も憚らぬ悲嘆と落涙を。
『ほんとはシズちゃんが好きだった──』
なんて、俺が泣きながらそう言ったら、シズちゃんはどう思うのかな。
まあ──死んでるんだからどう思うも何もないんだけど。
うん、楽しみだ……とても楽しみだね。
だからシズちゃん──早く死んでくれないかな。
作品名:Monologue-CASE I- 作家名:ヒロセ