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一千万円

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「1人の子どもを大学に入れて卒業させるまでに、約一千万円だそうだ」
「え……?」
 唐突に言われた言葉の内容を処理し切れなくて、一瞬思考が完全に停止する。
 その時の自分は、多分よっぽど間抜けな表情をしていたんだろう。
 俺の部屋のテーブルの、向かい側に頬杖をついた体勢のまま、ふっと。相手の表情が少し和らぐのを見て、一気に恥ずかしくなった。
「えーっと……?」
「――ちなみに、学校が私立ではない場合だがな」
 何でも、私立の学校に通う場合はその金額が一気に跳ね上がるらしい。
「一千万か……」
 正直、いまいち自分にはピンとこない金額だ。
 月々の小遣いが千円単位の自分にしてみれば、それこそ夢のような額の大金である。
(一気に出ていくんじゃないにしても、すごいよなぁ……)
 自分は中学も高校も私立だから、きっとその一千万円を余裕で超すに違いない。そう考えると、少しでも親の負担を軽くするために、大学は国立の所を狙うとか、バイトをしたり奨学金で学費をまかなおうという気になる。
(早いものだよなぁ……)
 ついこの間、受験を終えて高校に入学したばかりのような気がするのに、来年は大学受験に向けてまた受験勉強をしなくてはならない。
 案外、3年間なんてあっという間だ。
 ――――今も、覚えている。
 本当に、色んなことがあった『あの頃』のことを……。
(でも、あれは忘れようがない)
 忘れようとしても、忘れられない。
 楽しいことも、辛いことも、苦しいことも、嬉しいことも、沢山詰まった時間だった。
 そのままつい回想の世界に入りかけたところで、現在の状況を思い出し、慌てて意識を『今』に引き戻す。
 相手は変わらずに柔らかい表情のままだったことが、却って申し訳ないという気持ちを膨らませた。
「――悪い」
「いや?――大方、中学の時のことを思い出していたんだろう?」
「……相変わらず鋭いな」
 どうして分かるんだ?と尋ねると、向こうは曖昧な笑みを浮かべて、「企業秘密だ」という答えを返す。ますますよく分からない。が、こういう時は深く尋ねてもはぐらかされてしまうだろうから、そこで引き下がることにした。
 それに、それよりも気になることがある。
「なあ」
「何だ」
「そもそも、どうしてこういう話になったんだ?」
 そう。
 最初は、全然別のことを話していたはずなんだ。
(最初は、俺と円堂の昔話をしてたんだよな……)
 鬼道はよく、俺と円堂の昔話を聞きたがる。
 ――いや。
 別に鬼道が『円堂との昔の話を聞かせて欲しい』ということを言ったわけじゃない。ただ、この手の話をすると、鬼道の機嫌が良くなるのだ。
 当時の自分たちにとっては大事件でも、今の年齢になってしまえばそれはほとんどが些細な出来事に過ぎなかったりする。
 よって、まあ正直かなりの恥ずかしさを伴う話も多いのだけど……。
(――――つい、話しちゃうんだよなぁ……)
 中学を卒業してから外すようになったゴーグル。
 常に見ることが出来るようになった赤色の瞳が、柔らかく細められるのが、好きだ。
 それが見たくて、ついつい痛々しい過去話をしてしまうわけで……。
 今日は確か、小学校の給食で円堂がやらかした『カレーぶちまけ事件』について話していたはずだ。
(……それが何で、一千万円の話になったんだ?)
 ここまで思い返してみても、分からない。
 分からないから、取り敢えず向こうが話してくれるのを待つことにする。
「……」
「……」
「……いや、その――」
「?」
「……その、」
「うん?」
「……」
 その後、何度か何かを言いかけて止めるということを繰り返す。
 鬼道は、よく考えてある程度自分の中で言いたい言葉が纏まってから話し出すタイプだから、時間が掛かることもある。
 一瞬こっちから声をかけるべきかとも思ったけど、それは却って逆効果かもしれないから、やっぱり待つことにした。ただ、なるべく不自然にならないように気をつけながら、『笑顔』でいることを意識する。
「……」
「……」

 ――――そんな状態が続いてしばらく……。
「……その、」
「うん?」
「――――よく、分からなかったんだ……」
「?」
「……昔のことといっても、何を話せばいいのか……」
「え――?」
 ふと、そこでようやく自分が何を言ったのか。それを思い出した。

 
『そういえば、鬼道の昔話も聞いてみたいな』

 
「俺は、お前や円堂みたいな経験をしていないから」
「……」
「……『鬼道』の家に引き取られてからは、とにかく新しい環境に馴染むのに必死だったし、施設では自分と春奈の『居場所』を確保することで精一杯だった。サッカーはその頃からしていたけど……それよりも前のことは、両親のことを含めて、ほとんど憶えていないしな」
「……」
「何を話せばいいのか分からなくて、色々考える内にさっきの話を思い出したんだ」
 何でも、高校の友人と何となく世間話をする内にそんな話題がでてきたらしい。
「今は、ほとんどの家庭が財政難を感じているような時代だろう?だから、」
「……」
「俺も春奈も、運が良かったのかもしれな――――っ!?」
 
 その言葉が終わる前に、気が付けば、自分の体は動いていた。
 立ち上がって、移動して、腕を伸ばして――引き寄せた体は、細くてやわらかい。
 こうして抱きしめるのは初めてではないのに、小さな体は強張っている。
 ――それでも、離せない。
 力を入れすぎないように気を回しながら、頭では、たった今の鬼道の言葉について考える。
 
 自分は、単に好きだった遊びとか、友人との思い出とか。そういった他愛もない話を聞きたがって尋ねたのだけど……。
 ――それは、鬼道の中の『重いもの』を引っ張り出してしまったらしい。
(――――うかつだった……)
 ひどく自己中心的な意見を述べるとすれば、たった今困ったような表情のまま話してくれた断片的な過去話も、自分にはある意味喜びをもたらしてくれた。
 大切な人が繊細な部分を見せてくれたことが、嬉しくないはずがない。
 だが、鬼道が基本的に質問の答えを真剣に考える性格であるとか。そういった諸々に対する配慮が欠けていたことは、反省するべきだろう。
(……今度からは、気をつけよう)
「……風丸?」
「……」
 すっぽりと、腕の中に収まった、大切なひと。
 ――大切にしたいひと。
 不思議そうに見上げてくる瞳に、微かに心配するような様子が見て取れて、『大丈夫』という言葉の代わりにしっかりとわらう。
 それに納得したわけではなさそうだが、気を遣ってくれたんだろう。それ以上深く尋ねてくることはなかった。
 ――鬼道は優しい。
 傍にいると、ほんのり温かくなるような優しさだ。
「――あのさ、」
「?」
「俺、鬼道が鬼道で、本当に良かったよ」
 何だろう、言いたいことは本当に沢山あったんだけど、それをぎゅうぎゅうに詰め込んでただその一言を口にした。
 全部を伝えきるなんてことはできないから、ほんの少しだけでも届けばいい。それが、鬼道にとって、いつか優しい思い出になってくれれば言うことは無い。
 
 ぱちり、と目が合って。
作品名:一千万円 作家名:川谷圭