二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

やさしい歌

INDEX|1ページ/1ページ|

 
空腹と喉の渇きで目が覚めて甲板に出て見ると外は朧月に照らされて薄明るかった。 やわらかな光を目を細めて仰ぎ見れば、見張り台の上には寄り添うような2つの人影。 今日の見張りはゾロだっけ。納得したように視線を外し、食堂に向かう。

食堂には先客が2人。1人は言わずと知れたこの場所の責任者、サンジ。もう1人はといえば、 こんな時間に起きてるなんて珍しいアラバスタの王女、ビビだった。

「何しにきたんだ? クソトナカイ」

コックがあからさまに邪魔そうな顔をする。

「喉が渇いて眠れないんだ」

少し怯みながら、それでもこの男に慣れてきたように言って水をもらい椅子に腰掛ける。ゴクゴクと 冷たい水を飲みほすと少し落ち着いて、息をついた。

「ビビが起きてるの、珍しいな」

傍らの王女を見やってチョッパーは言う。

「ええ。私も眠れなくて」

ニッコリ微笑んでそう言うが心持ち顔色が良くないようだ。

心当たりはいくらでもあった。

この船は現在、食料難で船員の誰もが慢性飢餓状態。アラバスタにももうすぐ着くが、王女の帰還は 決して喜ばしい状態でのことでないことは、チョッパーも聞いて知っている。到着したらしたで、 やらなければいけないことは山のようにある。当事者であるビビが不安要素を持たずにいられるわけがない。 きっとこれから先、アラバスタが近づくにつれてそれは、色濃く深くなっていく。

談笑するビビの相手をしながらサンジがチラとチョッパーを見る。チョッパーが食堂に入った時に向けた、 『邪魔だ』というような表情ではなかった。

「オレ、お酒飲みたいな! 前に作ってくれたホットラム!」

多分、サンジも感づいている。それに気がついたチョッパーはサンジに言った。

「あ、ああ。そのくらいなら作れるけどな。……ビビちゃんも飲むかい?」

サンジはひもじいこの船の冷蔵庫の中身を確認しながらそう言ってビビを見る。

「え? じゃあ……少しだけ」

とまどいがちにビビが答えると、サンジが「うっし」とキッチンに向かうと途端に室内はシンとする。 話しかければ笑顔で答えるが、やはりビビは元気がなさそうだった。

「それにしてもルフィにも参るよなぁ。あいつっていつもあんなに食うのか?」

「ああ。正真正銘の食欲魔人だな、ありゃ」

チョッパーの場つなぎ的な言葉にサンジが吐き捨てるように答える。

「ええ。初めて会った時なんてそこにいたコックさんが3人も倒れちゃったんだから」

ビビも思い出しながらクスクス笑って話に入る。

「コック3人!? 一体あいつ、どんくらい食えるんだ!?」

チョッパーは素直に驚いて身を乗り出す。

「さあな。ま、作りがいのある奴なのは確かだが、今度船の上で同じことやったらマジでオロす」

3人分のグラスをテーブルに運びながらサンジは言う。目の前に置かれた琥珀色の液体は温かな湯気を立てながら 甘い香りを放っていて、さっきからの楽しい話とあいまって、それだけでもほんの少し、ビビの心は休まる気がした。

「おいしい」

一口飲んでビビは言う。チョッパーもコクコクと喉を鳴らす。甘いアルコールは空腹の体に優しく浸透し、 中から体を温めてくれた。

「小さい頃、眠れないことがあるとパパのベッドに潜り込んでいたわ」

ビビがポソッと呟く。2人も静かにその消えそうな声に耳をそばだてる。

「その時にね、必ずこっそりと甘いブランデーを少しだけ飲ませてくれたの」

グラスを握りしめて懐かしそうに微笑むと、顔を上げて言った。

「サンジさんは?」

「俺!?」

サンジはいきなり振られて咥えた煙草を落としそうなほど驚くと、腕を組んで考える。

「眠れない時……ねぇ。…………。……どうしてったっけな」

眉間にシワを寄せて思い出そうとする顔が一瞬緩んだように見えたところからすると、ロクな記憶がない らしい。ビビも引きつった笑いを浮かべてそれ以上は突っ込まなかった。

「トニーくんは?」

半ば思い出の世界に浸るサンジを置き去りに、今度はチョッパーに話を振る。

「オレは、ドクターがいてくれたから」

チョッパーも甘く温かな湯気を受けながら、自然と顔をほころばせる。

「オレさ、小さい頃のこと、あんまり良い思い出なくてよくうなされたんだ。……そうすると、そのたんびにドクターが 子守歌、歌ってくれた」

「子守歌?」

ビビとサンジが声をそろえて聞き返す。

「うん。こういうの」

そう言うとチョッパーは上を向いて歌い出した。


      寝ろや 寝んねろ 愛で子よや
      泣けばラパンに聞こゆるぞ
      ラパンが吠ゆる前に寝ろ

      寝ろや 寝んねろ 愛で子よや
      白いお山は夢にゃ出ぬ
      雪鳥降りる前に寝ろ

      寝ろや 寝んねろ 愛で子よや
      起きとも春などこぞ来ぬぞ
      温い身ごろのうちに寝ろ



静かで単調な調べだった。ビビもサンジも黙ってそのチョッパーの、幼さの残る歌声に耳を傾けていた。

「ドラムに伝わる子守歌なんだって言ってた」

歌い終わったチョッパーがそう言うと、ビビはニッコリ微笑んだ。

「そう。良い歌ね……ね、もう一度歌って」

「おう。いいぞ」

グラスを手にして少し穏やかな表情のビビに安心して、嬉しそうにチョッパーは歌い出す。ドラムの山を、ヒルルクを、 思い出しながら何度も何度も。

「おい。見ろよ」

サンジに促されビビを見ればいつの間にやらテーブルに突っ伏し、瞳を閉じている。

「寝たね」

「ああ。……部屋に連れてくか」

「起きちゃうよ」

「……毛布でも持ってくる」

サンジは自分のジャケットをビビの肩に掛けると食堂を後にした。

残されたチョッパーは今だけは安らかな寝息を立てて眠りにつく砂漠の国の王女のためにもう一度、雪国の子守歌を口ずさむ。




「歌が聞こえる」

「歌?」

腕の中の女の言葉にゾロは怪訝な顔をする。波と風の音ばかりで自分には何も聞こえない。

「あいつら、まだ起きてんのか?」

「そうみたい。……でも」

「何だ?」

「宴会ってわけでもなさそうよ」

そう言われて何となく耳をそばだてる。微かな、本当に微かな歌声が風に乗って流れてくるような気がした。

「子守歌みたいね」

毛布と腕に包まれたナミは男に向き直ってその胸に体を預けると言った。

「子守歌?」

「ええ……やさしい歌ね」

「……子守歌なんざひとつありゃ十分だ」

ゾロはナミを抱きしめてつまらなそうに言う。ナミが悪戯な笑顔でゾロを見る。

「へえ。あんたでもそんなこと思うんだ」

「……まあな」

ぶっきらぼうに答えてこれ以上何も言われないように口をふさぐ。柔らかく、甘い匂いを漂わす女を抱きながら、 それでも何となく風に乗る歌は耳に心地良かった。




ゆりかごのように船は揺れる。これから嵐に突入する子供等を乗せ、優しく、包み込むように。

チョッパーの歌声もまた、心のひだに染み入るように静かに流れていった。
作品名:やさしい歌 作家名:坂本 晶