【臨帝】深愛【DV注意!】
「う、っ、…!」
見慣れた新宿の高層マンションの一室で、帝人は全身を痛みに包みながら小さく呻いた。
瞼の上を切っているため半分になった視界から覗くのは、苛立ちを充分に含んだ美声の主が日頃履いているブーツの爪先だ。
ヒュン…と空気が鳴る気配を感じ咄嗟に身を固くしぎゅっと目を瞑ると、ドスンという鈍い音と同時に脇腹へと激痛が走る。
「うっ、ん!」
骨格の細い帝人は大きなくしゃみを連続で零すだけで肋骨を折る事があるため、そこを折っている感覚は充分に判る。既に折れている患部を幾度も蹴り上げられれば、相当に危ない事も判っている。
それだけではない。
顔面は幾度も殴られたせいで見るも無残な程腫れ上がり、赤黒い痣を顔のあちこちに付けている始末だ。
その上頭部や鼻から血を流し、深く切ってしまったらしい傷口がビリビリと痛む。
肋骨だけでなく両手の骨も折られているようだが、安全靴の踵で執拗に踏みつけられた右手の感覚は、もう薄れ掛けていた。
「ほら、何とか言えば?」
そう告げられたところで、抗議の声をあげる気力すら失っていた。
意識すら朦朧としていく中、懸命に目を見開けば睨んでいると誤解をされて。
可愛げが無いと舌打ちをされた挙句、長い足でもう一度みぞおちを蹴り上げられてしまい華奢な身体が床を転がった。
「いつまで寝てるつもり?…いい加減、起きろよ」
「…っ!」
臨也は帝人がグッタリと横たわっている真横で背を丸くしてしゃがむ姿勢を取ると、帝人のネクタイをグイッと掴み上げ、容赦なく上向かせた。
「まさか、また浮気するなんてね…これで、何度目だよ」
「……っ、僕、にはっ…!」
「なあに?」
「…僕には、臨也、さん…だけ、ですっ…!」
腹の底から絞り出した帝人の主張に、臨也は薄氷のような唇の口角を優美に持ち上げ笑みを作る。慈愛に満ちた天使そのものと思える笑みを浮かべながら、臨也は優しげな声音で呟いた。
「そっか、俺だけ…なんだ?」
そう言い切った臨也は、掴んでいた帝人のネクタイをぱっと離す。
突然拘束の手から離された反動を受け、帝人は受身を取る事も出来ずに。ごすんと痛々しい音を立てながら頭を床に激突させた。頭を強く打った衝撃により、クラクラとひどい眩暈を覚える。
しかし臨也が舞台俳優めいたわざとらしい仕草で肩をすかせ降参といわんばかりに両手を挙げる姿は、まるでスローモーションのように視界に映り込んできて。
「あはは! もう、何度目かなあ?その台詞」
「ほ、ほんとに、ぼくはっ…!」
「いい加減、別の言葉…覚えなよ。もう、飽きちゃったからさぁ…!」
臨也は毒を孕んだ低い声音で吐き捨てるようにそう告げると、細く切れ上がった紅茶色の双眸に激しい怒りを燃やし帝人を睥睨する。
今度は帝人の細い首筋を片手で掴むと、表情を変えることなく首を絞める手に力を込めていく。
いつも綺麗だと、見惚れた。
銀色に煌めくリングの似合うしなやかな美しい指先が、自分の首を絞めていく。そのことに帝人は生理的な涙を滲ませた。
「う、っ…!」
「泣いたって、ダメだよ。ほらぁ。今回は何で浮気したの?ちゃんとした言い訳、聞かせてね?」
このままきつく力を込めながら首を締め続けられていたら、恐らく。
消え行く意識を取り戻すことは、もう出来ないだろう。
朝靄の只中に居るような白みがかかった薄ぼんやりとした視界にそう思う。
「っ、う…!」
「ほらあ、早くしないと…死んじゃうよ?」
楽しげに目を細め歌うように囁く臨也に、帝人は懸命に息を吸い込み真実をありのまま、伝えた。
「っ、臨也さんが…っ、」
「俺が、なに?」
「……好き、だからっ…!」
「なにそれ…ハハッ。アハハハハハハ!…ふざけんなよっ! なのに、なんで…君は、っ…!」
首を絞めていた綺麗な指先が、離れてゆく。
臨也の拘束から開放された帝人は本能が赴くまま無心で息を吸い込み、ごほごほと盛大に咳き込んでいた。
ぐったりとした傷だらけの身体を、今度は臨也の腕がきつく、きつく。その広い胸の中にぎゅっと抱きしめる。
「なんで、俺以外の奴なんか…相手に、するんだよ?!」
子供が母親にすがりつくようにして、臨也は帝人を腕に抱いた。
日頃見せる不遜さや余裕さなど、今の臨也からは微塵も感じられない。
今帝人をきつく抱きしめる男は嫉妬に狂うばかりで、どこか惨めに映る。
こんな風に乱れる臨也を見ているだけで、帝人の心に黒い愉悦がわき上がり歓喜に満ちてゆく。
ゾクゾクと這い上がってくる快感さえも、伴って。
「好き、だからです…あなたが」
「帝人君は…嘘つくの、下手だよね」
嘘なんかじゃない。
臨也を心の底から尊敬し盲目に愛しているのも、何度か判らない浮気をするのも。
矛盾しているとしか思えない行為は、帝人にとって正当な行為なのだ。
女性に優しくしている場面を目撃したり、仕事を優先にされたり。
そうして自分をないがしろにされる度フラストレーションが募ってしまい限界まで溜め込むと、帝人は出会い系サイトなどで適当な相手を引っ掛け浮気をし、臨也から執拗な暴力を受け厳しい言及をされる。
そうされることで――愛されていると、実感できるのだ。
どれだけ美辞麗句を重ねられ、愛の言葉を囁かれても。
互いの想いを吸い合うように甘いキスを重ねても、貪欲に求め合う情熱に満ちたセックスを何度行っても。
その行為も、イミテーションにしか捉えられない。もっともっと自分を求めて欲しいと渇望する。誰よりも優先して、誰よりもと。自分だけを、求めて欲しいと。
激情をぶつけられるこの、圧倒的な暴力こそが。帝人に至上の幸福をもたらす。
今この瞬間だけは。臨也が帝人の事で思考を100%満たしているのだと、判るから。
例え向けられた感情の矛先が、身体中を蝕む激痛を与えようとも。
「もう、浮気…しないでよ?」
「…はい」
帝人が小さく返事をすると同時に塞がれた唇から、臨也の熱情が注ぎ込まれてくる。
熱を帯びた臨也の長い舌は傷痕を舐め上げ、激情の篭った吐息を吹きかけながら帝人の舌に絡みつく。
「ん、っ、…、んっ」
混ざり合う互い唾液をこくん、こくん。と嚥下し甘美な液体が喉を通り腹に染みていくのを感じながら、帝人は。
(しませんよ。多分。あなたが僕を…もっと、愛してくれたら)
臨也が招く愛撫に悶えるような激痛と目の眩む快楽を感じながら――その狂喜の渦に、全てを委ねていた。
END
作品名:【臨帝】深愛【DV注意!】 作家名:かいり