あなたとごはん
恐ろしく真っ赤な夕焼けの下、街灯少ない駐車場にレモンイエローのFDを停めるとトランクを開けた。
両手いっぱいに買い物袋をぶら提げて、内心のドキドキを隠しながら少し古びた4階建てのマンションの階段を上る。4階の一番手前の角部屋の前で立ち止まり、真新しい鍵を差し込んでカチャリと回すとドアを開き、同じように買い物袋をぶら提げ、肩には自分の荷物担いだまま黙って付いて来た客人を大仰に招き入れた。
「さっ、どーぞお入りくださいませ」
スカウトで入った会社も3年目。入社以来、故郷の沖縄を離れて寮住まいだったけれど、電話も門限も気にしないでいられる生活をしたいと談判し、今まで以上の活躍と練習、それにスキャンダルだけはくれぐれも気をつけるように、とのお達しと共に、それでも渋々の承諾を得られたのは去年も末の12月のこと。そして今、夏真っ盛りの暑い日の短い夏休み。あいつは日本に帰って来た。
「へーっ、意外と片付いてんだな」
短い廊下を抜けてダイニングに入るなり日向小次郎は失礼なことを言う。
「『意外と』ってなんだよ、『意外と』って」
「そのまんまの意味に決まってんだろ。お前が片付け上手にはどうしたって見えないからな」
ムクれるあたしにハハッと笑いながら悪びれもせず憎たらしい言葉を返す。あたしはイーッと噛み付くみたいな顔をひとつしてキッチンに向かった。
世間の日向小次郎評は概ね、『無愛想』『無口』『不器用』、さらにおまけに『泣く子もさらに泣く強面』ってな感じで、どうもあたしの日向評とはズレているらしい。あたしから見るあいつは、まぁ、よく怒りもするけどよく笑い、毒舌混じりによく喋る、随分ながらも表情豊かな男であって。ああ、有名人って二重人格だわ。怖い、怖い。
その、一見不器用そうな二重人格男は自分が抱えていた買い物袋をぶら提げて、意地悪くもまだ笑いながらあたしに付いてキッチンに入って来た。
「何作るんだ?」
「真紀ちゃん特製ウチナー料理。そっちは?」
「本場仕込みのイタリアンディナー日向スペシャル。…と握り飯だ」
「…はぁ? 何でイタリアンディナーに握り飯なんだよ」
きっぱりはっきり言い放ったそのメニューに左手のゴーヤーを取り落としそうになる。
「馬鹿野郎。日本人の主食は米だ!」
「……あっそ」
日の丸胸に世界で戦う日本男児の姿にに冷たい視線を投げてやって、ついでにスペースも空けてやる。
1DKではあるけれど、キッチンは2人で並んで調理しても大丈夫な広さを保っていた。あたしがゴーヤーの綿を抜いている横で、日向はわざわざ前もってイタリアから送ってきた大きなパスタ鍋にたんまりと水を張り、沸かしている。「どうせお前の家には無いだろうから」とは随分な言葉だと思ったものの、使ってみれば一人の食事でも随分と重宝な代物だった鍋だ。
ゴーヤーチャンプルー、ドライトマトと生ハムとバジルのパスタ、昨夜から仕込んでたラフテー、フレッシュトマトとモッツァレラチーズのサラダ、実家から送ってもらった豆腐よう、鶏胸肉のカツレツ、パパイヤのサラダ、とっておきの古酒・泡波、キャンティ・クラシコ95年、そして、巨大なおにぎり。ちなみに具はタラコ、焼き鮭、おかかと古式ゆかしいことこのうえない。
次々に仕上げてはダイニングに運ぶけれど、あたしの小さなテーブルでは乗り切れないから、テーブルは端っこに寄せて直に床に並べていく。全てが整う頃には外はすっかり真っ暗で、あたし達のお腹もペコペコだった。
二人そろって向かい合って腰を下ろすと胡座をかいて箸を持つ。
「では、頂きまーす!」
せっかく揚げたてだから、あたしはカツレツにかぶりつく。薄い衣がザクッとして口の中に肉汁が広がると同時に何か熱く柔らかなものが肉の間からはみ出して、あたしは舌を火傷する。
「あふい~」
慌ててワインを手にして口に流し込む。日向は「してやった」とばかりに笑いながらチビチビと泡盛を口に運ぶ。
どうやら知らない間に、鶏にモッツァレラの余りを挟んでいたらしい。ちくしょー。ムカつくけど美味しいぞ。
日向は日向であたしの作ったチャンプルーと自分の作ったパスタを交互にガシガシと口に運んでいる。
「お前の料理も意外に美味いな」
「失礼な! それよりこれ! これ食べてよ」
あたしは無礼千万な奴の言葉に自信作のラフテーを差し出す。日向はまだ口をモグモグさせたまま肉に箸を伸ばす。箸でも切れるくらいトロトロになっているのをわからすために、わざと大きめにしたというのに、日向の馬鹿は一口で食べてしまう。
「おっ!?」
でも、口に入れた瞬間の顔ったら、何? 明らかに目、輝いてるよね? ああ。良いな。きっと『愛しい』ってこういうことなんだ。なんつって。
「どう? どう? どう?」
身を乗り出して聞くあたし。日向、無言。でも、二つめに箸は伸びる。モグモグモグ、と。三つめ。四つめで慌ててストップをかける。
「ちょーっと待った! あたしだって食べるんだからね!」
「美味い」
…うっ。その顔とその言葉は卑怯な。そんな顔でそんなこと言われたら「全部食べてv」って言いたくなっちゃうんじゃん。…言わないけどさ。
あたしは嬉しさが顔に出そうになるのを押さえるように日向の作ったパスタを頬張った。これまた美味しいかも。こいつって、不器用そうに見えるけど、なかなかやるじゃん。あ、でも得意そうな顔してる。あたしそんなに美味しそうに食べてたかな? ちょっと悔しいぞ。
「あんたの料理も意外と美味しいんだね」
さっきの仕返しとばかりにあたしも言う。
「まあな。うちは父親いなくて母親が働いてたからな。中学以降は寮生活だったし、なんだかんだで料理する機会は多かったし」
日向は謙虚なわけでもないんだろうけど、真面目な顔してそう言った。日向から聞く以外にもマスコミで散々書かれたり言われたりして知ってたけど、やっぱり大変だったんだろうな。
「まっ、でもやっと家も買えて、母ちゃんにも楽させてやれるようになったけどな」
あたしがつい、しんみりした顔してたせいか、日向は明るくそう付け加えた。なんていうか、こういとこ、真面目だよね、こいつ。そういうとこも好きだけどさっ。
さすがに泡盛は全部空けなかったけど、ワインを一本空けておにぎりを夜食用に何個か残して、あたし達は全ての料理を食べ尽くした。
「う~。お腹苦しい~」
壁に寄りかかったまま、足を伸ばしてお腹をさすっていると、お皿を手に立つ日向に足蹴にされた。
「うらっ! 食べたら片づける! とっととやっちまおうぜ」
「え~。もう少しノンビリしてからで良いじゃん~」
「こういうことは後になるほどやる気失せるんだよっ。ほら立て!」
抗議の声を上げるあたしをさらにゲシッと蹴る。あんたの足は普通人と違うんだから、手加減しても痛いんだっつーの。…しかし、さすが、おでん屋バイト小僧の過去を持つだけあって、ズボラそうに見えるくせに意外とテキパキしている。ちくしょー。
あたしは本当に渋々と重い腰を上げて、残っている皿を持ってキッチンに向かう。日向はすでにスポンジ片手に洗いに入っていて、しかも手早い。
「うりゃっ」
両手いっぱいに買い物袋をぶら提げて、内心のドキドキを隠しながら少し古びた4階建てのマンションの階段を上る。4階の一番手前の角部屋の前で立ち止まり、真新しい鍵を差し込んでカチャリと回すとドアを開き、同じように買い物袋をぶら提げ、肩には自分の荷物担いだまま黙って付いて来た客人を大仰に招き入れた。
「さっ、どーぞお入りくださいませ」
スカウトで入った会社も3年目。入社以来、故郷の沖縄を離れて寮住まいだったけれど、電話も門限も気にしないでいられる生活をしたいと談判し、今まで以上の活躍と練習、それにスキャンダルだけはくれぐれも気をつけるように、とのお達しと共に、それでも渋々の承諾を得られたのは去年も末の12月のこと。そして今、夏真っ盛りの暑い日の短い夏休み。あいつは日本に帰って来た。
「へーっ、意外と片付いてんだな」
短い廊下を抜けてダイニングに入るなり日向小次郎は失礼なことを言う。
「『意外と』ってなんだよ、『意外と』って」
「そのまんまの意味に決まってんだろ。お前が片付け上手にはどうしたって見えないからな」
ムクれるあたしにハハッと笑いながら悪びれもせず憎たらしい言葉を返す。あたしはイーッと噛み付くみたいな顔をひとつしてキッチンに向かった。
世間の日向小次郎評は概ね、『無愛想』『無口』『不器用』、さらにおまけに『泣く子もさらに泣く強面』ってな感じで、どうもあたしの日向評とはズレているらしい。あたしから見るあいつは、まぁ、よく怒りもするけどよく笑い、毒舌混じりによく喋る、随分ながらも表情豊かな男であって。ああ、有名人って二重人格だわ。怖い、怖い。
その、一見不器用そうな二重人格男は自分が抱えていた買い物袋をぶら提げて、意地悪くもまだ笑いながらあたしに付いてキッチンに入って来た。
「何作るんだ?」
「真紀ちゃん特製ウチナー料理。そっちは?」
「本場仕込みのイタリアンディナー日向スペシャル。…と握り飯だ」
「…はぁ? 何でイタリアンディナーに握り飯なんだよ」
きっぱりはっきり言い放ったそのメニューに左手のゴーヤーを取り落としそうになる。
「馬鹿野郎。日本人の主食は米だ!」
「……あっそ」
日の丸胸に世界で戦う日本男児の姿にに冷たい視線を投げてやって、ついでにスペースも空けてやる。
1DKではあるけれど、キッチンは2人で並んで調理しても大丈夫な広さを保っていた。あたしがゴーヤーの綿を抜いている横で、日向はわざわざ前もってイタリアから送ってきた大きなパスタ鍋にたんまりと水を張り、沸かしている。「どうせお前の家には無いだろうから」とは随分な言葉だと思ったものの、使ってみれば一人の食事でも随分と重宝な代物だった鍋だ。
ゴーヤーチャンプルー、ドライトマトと生ハムとバジルのパスタ、昨夜から仕込んでたラフテー、フレッシュトマトとモッツァレラチーズのサラダ、実家から送ってもらった豆腐よう、鶏胸肉のカツレツ、パパイヤのサラダ、とっておきの古酒・泡波、キャンティ・クラシコ95年、そして、巨大なおにぎり。ちなみに具はタラコ、焼き鮭、おかかと古式ゆかしいことこのうえない。
次々に仕上げてはダイニングに運ぶけれど、あたしの小さなテーブルでは乗り切れないから、テーブルは端っこに寄せて直に床に並べていく。全てが整う頃には外はすっかり真っ暗で、あたし達のお腹もペコペコだった。
二人そろって向かい合って腰を下ろすと胡座をかいて箸を持つ。
「では、頂きまーす!」
せっかく揚げたてだから、あたしはカツレツにかぶりつく。薄い衣がザクッとして口の中に肉汁が広がると同時に何か熱く柔らかなものが肉の間からはみ出して、あたしは舌を火傷する。
「あふい~」
慌ててワインを手にして口に流し込む。日向は「してやった」とばかりに笑いながらチビチビと泡盛を口に運ぶ。
どうやら知らない間に、鶏にモッツァレラの余りを挟んでいたらしい。ちくしょー。ムカつくけど美味しいぞ。
日向は日向であたしの作ったチャンプルーと自分の作ったパスタを交互にガシガシと口に運んでいる。
「お前の料理も意外に美味いな」
「失礼な! それよりこれ! これ食べてよ」
あたしは無礼千万な奴の言葉に自信作のラフテーを差し出す。日向はまだ口をモグモグさせたまま肉に箸を伸ばす。箸でも切れるくらいトロトロになっているのをわからすために、わざと大きめにしたというのに、日向の馬鹿は一口で食べてしまう。
「おっ!?」
でも、口に入れた瞬間の顔ったら、何? 明らかに目、輝いてるよね? ああ。良いな。きっと『愛しい』ってこういうことなんだ。なんつって。
「どう? どう? どう?」
身を乗り出して聞くあたし。日向、無言。でも、二つめに箸は伸びる。モグモグモグ、と。三つめ。四つめで慌ててストップをかける。
「ちょーっと待った! あたしだって食べるんだからね!」
「美味い」
…うっ。その顔とその言葉は卑怯な。そんな顔でそんなこと言われたら「全部食べてv」って言いたくなっちゃうんじゃん。…言わないけどさ。
あたしは嬉しさが顔に出そうになるのを押さえるように日向の作ったパスタを頬張った。これまた美味しいかも。こいつって、不器用そうに見えるけど、なかなかやるじゃん。あ、でも得意そうな顔してる。あたしそんなに美味しそうに食べてたかな? ちょっと悔しいぞ。
「あんたの料理も意外と美味しいんだね」
さっきの仕返しとばかりにあたしも言う。
「まあな。うちは父親いなくて母親が働いてたからな。中学以降は寮生活だったし、なんだかんだで料理する機会は多かったし」
日向は謙虚なわけでもないんだろうけど、真面目な顔してそう言った。日向から聞く以外にもマスコミで散々書かれたり言われたりして知ってたけど、やっぱり大変だったんだろうな。
「まっ、でもやっと家も買えて、母ちゃんにも楽させてやれるようになったけどな」
あたしがつい、しんみりした顔してたせいか、日向は明るくそう付け加えた。なんていうか、こういとこ、真面目だよね、こいつ。そういうとこも好きだけどさっ。
さすがに泡盛は全部空けなかったけど、ワインを一本空けておにぎりを夜食用に何個か残して、あたし達は全ての料理を食べ尽くした。
「う~。お腹苦しい~」
壁に寄りかかったまま、足を伸ばしてお腹をさすっていると、お皿を手に立つ日向に足蹴にされた。
「うらっ! 食べたら片づける! とっととやっちまおうぜ」
「え~。もう少しノンビリしてからで良いじゃん~」
「こういうことは後になるほどやる気失せるんだよっ。ほら立て!」
抗議の声を上げるあたしをさらにゲシッと蹴る。あんたの足は普通人と違うんだから、手加減しても痛いんだっつーの。…しかし、さすが、おでん屋バイト小僧の過去を持つだけあって、ズボラそうに見えるくせに意外とテキパキしている。ちくしょー。
あたしは本当に渋々と重い腰を上げて、残っている皿を持ってキッチンに向かう。日向はすでにスポンジ片手に洗いに入っていて、しかも手早い。
「うりゃっ」