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サムライ

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煙るような霧雨が降っていた。夜明け前の路地裏は行き交う人もなく、ゾロは一人、道路の真ん中に横たわっていた。

腹部に当てた手を伝って雨粒が傷口に流れると、思い出したように鈍い痛みが響く。ゾロはチッと舌打ちした。道幅が狭いことも不運だったが、まさか銃を持っていたとは。脇腹だったのが幸いして弾は体内に残っていない。しかし、少し血が流れ過ぎた。この雨で体も冷えきっている。今は動くことも面倒くさい。ゾロは静かに目を閉じた。

「……」

暖かい空気と久しく嗅いだことのない、いい匂いに目を覚ますと、見覚えのない小さな部屋のベッドの上にいた。

のっそりと半身を起こすと微かに熱い痛みが走る。そういえば怪我をしたな。改めて腹部に目をやると、綺麗に包帯が巻かれ、どうやら手当てをされている。ゾロは室内を見渡す。調度品は今、ゾロが寝ているベッドと小さなテーブル、2脚の椅子。それにタンスと化粧台があるだけ。その化粧台のおかげでかろうじて女の住まいとわかる程の素っ気なさだ。

いい匂いはキッチンらしい、明かりの灯る場所から漂っていた。微かにハスキーな声音の鼻歌が聞こえる。ゾロはそろそろと立ち上がり、壁伝いにそちらに向かう。そこでは背の高い黒髪の女が一人、湯気をたてる鍋をかき混ぜている。くるりと振り向いた拍子に目と目が合う。

「あ、起きた?」

だいぶ年上らしい女は人懐っこい笑みを浮かべると急に童顔になる。

「ここは……あんたん家か?」

自分の置かれた状況がわからないので、ゾロはとりあえず尋ねた。

「そう。あ、あたしジェニー。すぐそこの酒場で働いてんだけどさ、帰ろうと思ったら道端にあんたが倒れてんだもん。驚いたよ」

ジェニーと名乗ったその女はテキパキと二人分の食事を用意すると、部屋の中央のテーブルに盆ごと置いた。それからゾロに「座んな」と目で促し、自分も椅子に腰を下ろした。

ゾロはおとなしく腰掛けると目の前でトマトのリゾットが湯気をたてる。

「食べな。こう見えても料理にゃ自信あんだよ」

ジェニーはニッコリ笑って、大口を開けてスプーンを口に運ぶ。ゾロも空腹を思い出したように柔らかいトマトの匂いを放つそれを勢いよくかき込む。ジェニーは満足そうにそれを見、しばらく無言の食事が続いた。

人心地ついてジェニーが煙草を咥える。勧められるのをゾロは断り、グラスの水をあおる。

「坊や、名前は」

「ロロノア・ゾロ」

坊や、と呼ばれ、少し憮然と答える。ジェニーはそんなゾロの様子など気にもとめず続ける。

「一体、何だってあんな所で倒れてたんだい? ……まぁ、その傷からしてワケありみたいだけどさ」

女は天井に煙を吹きかける。ゾロはゆらゆらと漂う紫の煙を見つめながら今朝方の出来事を思い出す。

流れ着いたこの島で、路銀尽き困っていたところであの男と出くわした。少し前にリストの中に見たばかりの顔だった。絡んできたのは男の方。吹っかける手間が省け、これ幸いと買った喧嘩だった。そこに彼の仲間が現われ、囲まれたのだ。雑魚こそ一掃したが、男は銃を持っていた。完全にゾロの油断だった。

思い出すだに忌々しく、口の中で毒づいてみる。言い渋るゾロから女は何かを察し、ゾロの若さに当てられたように笑った。

「まぁ、その傷がよくなるまでウチにおいでよ」

大人の女性の顔でジェニーが言う。ゾロは驚いたようにジェニーを見、それから小さく「ありがとう」と言った。

傷の治りは呆れる程早かった。完治し次第、ここを出てあの男を探すつもりだった。しかしジェニーは何のかんのと理由をつけ、ゾロを引き留めた。言葉とは裏腹にその瞳があんまりすがるようで寂しそうで、ゾロも何となく言葉を飲み込んだ。

たまに店に顔を出すとジェニーは「イキがるんじゃないよ」と笑いながら酒を出してくれた。嫌なことでもあったのか、酔い潰れた彼女を担いで帰ったことがあった。涙の跡を拭いもせず、ゾロの背中で眠る、そんな子供のような表情を見せるかと思えば、風呂上がりに挑発的な姿となってゾロをドギマギさせることもあった。子供扱いすることに対して悪態で返すことも増えた。一人流れていたゾロにとって、久しぶりの他人との生活は干渉の煩わしさもあったが、温もりが心地良くもあった。

ジェニーの店に顔を出したある日。片付けがあるからというジェニーより一足先に帰ろうとした路上。『あの男』がいた。奇しくもあの日と同じ場所だった。ゾロはニヤッと笑い、音もなく近寄った。

「よう」

刀に手をかけたまま背後から声をかける。その声に警戒したように男が立ち止まる。

「あん時は世話になったな」

ピクン、と男の右手が動く。振り向きざまに懐に突っ込まれたそれには、あの時と同じ銃が握られていた。

男は冷たい、蛇のような目つきでゾロを見て笑った。引き鉄に掛かった指に力が入る。銃口が火を放つ瞬間、ゾロは身を沈め、そのまま刀を抜いて男の懐に飛び込んだ。鮮血が路上に滴り、銃が音をたてて落ちる。しかし、男もすんでのところで身をよじったらしい、持ちこたえていた。深さが足りない。チッと舌打ちしてゾロは二撃目に入る。一瞬、男の体が潜り、今度は隠し持っていた小銃がゾロを迎え撃つ。しかし時遅く、ゾロの刃は確実に男の胴を切り裂いた。放たれた弾丸が甲高い音をたて、空に吸い込まれる。ドサリ、と男はその場に崩れ落ちた。

ゾロは刀に付いた血を拭うと息を吐き、満足そうに笑みを浮かべた。

「あんた!!」

気でも違ったような女の叫び声が背後で響いた。聞き覚えのある声に振り返ると、トレンチコートにストール姿のジェニーが男にすがりついて泣き叫んでいる。ジェニーは無言で見下ろすゾロをギッと睨んだ。

「ゾロ! お前の仕業かい!?」

ゾロは否定も肯定もせず、ジェニーを見つめる。コートは血に濡れ、化粧も涙で黒い筋と流れ落ちている。唇だけやけに赤い、青白い顔がゾロに近付く。ジェニーは血走った目で睨みながらゾロの横っ面を力いっぱい張った。

「あんたとこの人に何があったか知らないし、この人が何をしてたかもわかってる!! だけど、この人は……っっ!!」

ジェニーはゾロの胸ぐらに掴み掛かり叫び散らすが、声が尻つぼみにむせび声になるに従ってそれは弱々しいものとなり、やがて口元を押さえて鳴咽を漏らすとその場に崩れ落ちた。

石畳にひざまずいて泣きむせぶ女の横を「すまない」と呟くように一言残しすり抜けると、ゾロは倒れている男を担ぎ上げた。ジェニーの泣き叫ぶ声がゾロの背に痛みのように響く。

「……」

立ち止まり、一瞬瞳をきつく閉じるが、決意したように一歩を踏み出す。ジェニーの叫びが遠のくごとに、女の優しい手を思い出し、弾むような声を思い出し、笑顔を思い出し、そして消していく。約束を違える気はない。だから、自分は前を、前だけを見なければいけない。全ての記憶は雨のように流れ去る。心に沈殿した想いをひた隠し、ゾロは果てなき未来を見つめていた。
作品名:サムライ 作家名:坂本 晶