なごり雪
side:KAITO
しんとした静けさに包まれたホームで、俺はマスターと二人、電車を待つ。
「マスター、忘れ物はありませんか?切符は、ちゃんと鞄に入れてくださいね」
「もう、さっきからうるさい。それくらいちゃんとしてます」
足元の鞄に手を振って、マスターが俺を見上げた。
「カイトこそ、一人で帰れるの?やめてよ、迷子なんて」
「帰れますよ!俺の心配はいりませんから」
途中で口をつぐんで、視線を逸らす。
マスターも、黙って前を向いた。
マスターのご両親が亡くなって、マスターは、親戚の家に引き取られることになった。
突然家族を亡くし、高校も変わって、友人達とも別れて、一番辛いのはマスターだと分かっているのに。
「電車、もうすぐ来ますから」
俺のことは、マスターの父親の友人だという人が、預かってくれることになった。
マスターは、「落ち着いたら、迎えに来る」と言ったけれど、それが何時なのか、はっきりしたことは分からない。
…もしかしたら、迎えに来ないかも知れないと。
自分のことばかり考えてしまう俺は、最低だ。
「あ、雪」
マスターの声に顔を上げると、ちらちらと白い欠片が舞っていた。
「なごり雪だね、珍しい」
「寒くないですか、マスター?上着を出しましょうか?」
「うん、大丈夫」
季節外れの雪の欠片は、地面に落ちる前に溶けて消えてしまう。
マスターが、つと手を伸ばし、
「…行きたくないな」
ぽつりとつぶやいた。
「行きたくない。ここを離れたくない。…カイトと一緒にいたい」
「マスター」
俺は、マスターの手を取ると、
「行かないでください」
「え?」
「行かないでください。傍にいてください。俺も、マスターと離れたくありません」
驚いて俺の顔を見るマスターの目を、まっすぐに見つめ返す。
「行かないでください、マスター」
その時、電車が到着する旨のアナウンスが流れた。
一・二歩下がれば、滑るように車体が入り込んできて、目の前で扉が開く。
他に乗降客は見当たらず、マスターは鞄を手に取り、車内へと乗り込んだ。
「向こうについたら、連絡するから」
「はい、マスター」
「カイト」
俺は咄嗟に、自分の足元に目をやり、
「か、体に気をつけて。風邪などひかないように」
怖かった。
マスターに、「さようなら」を言われるのが、怖かった。
それを聞いてしまったら、二度と会えない気がして。
発車のベルが鳴り響き、扉の閉まる音がする。
俯いたまま、車体がゆるゆると進みだすのを見つめていたら、
「カイト!」
驚いて顔を上げれば、マスターが押し上げた窓から顔を出し、
「私がいないからって、浮気したら承知しないからね!」
涙に濡れた目で、それでも笑顔を浮かべ、
「好きだよ、カイト!」
「マスター!」
慌てて走り出すも、電車の速度は上がり、あっという間にホームの端まで来てしまった。
どうすることも出来ずに、車体が遥か遠くに見えなくなるまで、ただ立ち尽くす。
「俺も好きです、マスター」
ひらひらと舞い落ちる雪の破片に手を伸ばせば、触れる前に溶けて消えてしまった。
終わり