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ストーキングの功名

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一目ボレ。
今までの私としてはその言葉から受ける印象なんて程度が知れていた。しかしその瞬間、私のその世界観は一転したと言っていい。

「・・・ルートヴィヒさん」
「ん?なんだ、菊」
「お姉さんをお嫁にください」

今しがた一緒に歩いていた友人に、今しがたすれ違って一言交わしただけの姉を欲しいと頼んだら。喫茶店に小3時間カンヅメにされた。シスコンめ。
しかし。

「!今なんて・・・」
「だから・・・・姉貴に告白するのを許可すると言ったんだ」
「じゃあ・・・・・もし、良いと言っていただけたら?」
「・・・姉さんが良いと言うなら、俺には邪魔する権利がない」

ふう、と比喩でなく疲れきった溜息を吐く友人。その諦めの一言を聞くなり私は舞い上がってしまって、彼の言葉は虚にしか覚えていない。

「ただし、姉さんはああ見えても、一途で貞操観念が一昔前だぞ」

その次の日にルートヴィヒさんによって彼女に紹介され、真っ先に『一緒にお茶でものみませんか』『断る』のやり取りが1つあった。

翌日。

「お茶でも飲みませんか?」
「いやだ」

その翌日。

「おいしいケーキ屋さんができたらしいんですけどどうですか?」
「ケーキなんか嫌いだ」

さらに。

「ギルベルトさん、」
「帰れ」




「ギルベルトさん」
「・・・なんだよ、またお前か」
「一緒にお茶でもどうですか?」
「やだね。俺より背の低い奴に興味はねえ」
「おや残念」

1ヶ月、相も変わらず無碍に断り続けられる。
最初のうちは申し訳なさそうに断っていたのだが、ここまでしつこいとなると彼女も変わってきて今では眉一つ動かさない。それでも尚、愛おしいと思えるのだから自分も大概だ。
ただし、この日は違った。

「もう俺に話しかけんな。・・・俺の邪魔すんなよ」



それから3日。かの人に恋人ができた。それは私が恋い慕う人の弟から聞いたことで、朝学校に着いてすぐに思いつめた様子で『話がある』と呼ばれ告げられたことだった。

「・・・その、すまない」
「いいえ、何を謝ることがあるんです」

相手は彼女が長い間恋い慕っていた男性で、話しかけるなといわれたのは、彼に告白をするのに邪魔だったと思われる。

「・・・さすが、と言わざるを得ませんね。どちらの方なんですか?」
「ああ、サッカー部の先輩らしいんだが、俺はよく知らない」
「サッカー部・・・ですか」

部活の名前を聞いて思い浮かんだのは、一つの顔。・・・少しだけ心配になる。





次の日も、その次の日も、変わらずに彼女に尋ねた。

「一緒にお茶でも飲みませんか?」
「・・ルツから聞いてるだろ。しつこいんだよ」

心底疎ましいという顔。それに笑顔で返し、すたすたと彼女の教室から出た。廊下に出て少し、あのときアタマに浮かんだ顔とすれ違った。
少しだけ気になって振り返ると教室の入り口で彼と彼女が楽しそうに話している。ふむ、とひとつ頷いて、自分の教室に戻った。



なおもそれが続いたある日。放課後彼女の教室を通りかかると一人、ぽつんと教室内に残っている彼女を見つけた。彼氏でも待っているのだろうか。

「ギルベルトさん?珍しいですね、お一人なんて」
「・・・・また来たのかよ。懲りろ」
「懲りません。ところで、お茶飲みませんか?自販機のでもいいですから」
「・・・コーラなら、同伴を許可してやる」
「ぇ・・・本当に?」
「早くしろ。気が変わる」
「ッ・・はい!」

初めての妥協に私は奇跡的に息を乱すことなく3階から1階へ往復し、有名な赤い缶を持って彼女のもとへ戻った。どうぞ、と彼女に手渡すと、ん、悪い、と小さく声が聞こえて白い手が伸びた。彼女がぷしゅ、と音を立てるのを見て、自分も手元の缶のタブを開けた。ぷしゅ。滅多に飲まない炭酸の音がする。




しばらく無言でコーラを煽っていた彼女がぽつりといった。

「・・・・お前、俺のどこが良かったんだよ?」
「んー・・。好きになったのは・・・・一目惚れでしたからねえ・・・」
「見た目、か」
「いや!そういうことじゃなくて・・」
「見た目でも・・・・まだ、いいか」

酷く悲しげに呟き、くしゃりとその綺麗な白い面を歪ませた。その真意が知りたくて本来整っている顔を食い入るように見つめる。

「お前は・・・・馬鹿にするんだろうな。俺が馬鹿だったんだと」
「・・・なんの、ことですか?」
「・・・・お遊び・・・だってよ。たかだか遊びに本気になんなよってあいつ、ヘラヘラ笑ってた」

自嘲するように、他人事のように呟いて、目を閉じる。ぐしゃりと崩れるように自分の腕の中にその顔を埋めた。そのままじ、と動かなくなったのが少し心配で己の手の平を失礼しますと呟いて彼女のプラチナ色の頭に乗せた。びくりと驚いたように肩を震わせた彼女はそれでも、私が髪を撫ぜ始めると少しずつ嗚咽を漏らし始めた。こういうときになんと言ったらいいのか全然わからなくて、ただただ彼女の嗚咽が止むまで黙って撫でた。


しばらくすると彼女の肩の震えも止まって、大きく深呼吸しているのがわかった。私は彼女の頭から手を離して、もう1本コーラを買ってくるといい置いて教室を出た。


カロリーゼロと書かれた黒い缶を1本持って教室に戻ると彼女はすっかり普通の姿勢で先ほどのコーラを飲み干していた。少し、目の周りが赤い。彼女はこちらをちらりと見ると遅い、と不満気に呟いた。

「すみません。遠くの自販機にカロリーゼロがあったのを思い出して。女性はこちらの方が嬉しいでしょう?」
「まあ、お前の苦労を認めてやらないでもない」

ぶっきらぼうにもそもそ言って黒い缶を受け取った。

「・・・なあ」
「なんでしょう」
「お前は?」
「は?」
「お前は、2本目ねえの?」
「あぁ・・・。ええ、もう先ほどので十分です」
「飲む、か?」

照れているのか頬を真っ赤にして、目を逸らしながらぐい、とまだ口をつけていない黒い缶を突き出す。

「・・・いいんですか?」
「ひ、一口だけだからな!」
「では、ありがたく。いただきます」



いつも校門で友人と反対方向に別れることになる。必然、その友人の姉ともそこで別れた。
それじゃあ、と手を振って進行方向に向き直ろうとしたときにハスキーボイスに呼び止められた。

「その、なんつーか。・・・・今日は、ありがとな」
「おかしなことを仰いますねぇ。私なんてコーラ買って来ただけじゃないですか」
「そうだけど・・・。俺、コーラ好きだし」
「ふふ、じゃあ今度からファストフードに誘いますね」
「コーラ好きだけど、ケーキも俺様大好きだぜ。ホットケーキとか特に」
「!・・・ええ、わかりました。しかと、肝に銘じておきます」



初対面のときから数えて2回目の彼女の笑顔に、ちりちりとコーラの炭酸が胃のあたりでくすぶった。

作品名:ストーキングの功名 作家名:桂 樹