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あまきもありぬしぶきもありぬ

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 どうなさったと問うた。いつも部屋の中から背を向けて手を振るばかり、よくて濡れ縁から見下ろすばかりの伊達が、珍しいことに土間までついてきている。すっかり旅装を整えた真田は笠片手にしんと冷えた土間を見渡した。伊達の足の爪はすっかり白くなっていて、いかにも寒そうである。緩く戸口から差し込んでくる秋の光がそれをつるりと弾いている。真田はふとそれに触れたくなり、無理に右手で拳を作った。
 なんでもねえと伊達は言う。気が向いただけだ、さっさと行けばいい。斜め下を向いてそう言ってくるので、いっそ柔らかい気持ちになって真田は口元を緩めた。左様にござりまするか、ならばこれにて、風邪などお召しになられませんよう。深く頭を下げ、踵を返す。戸口に向けて足を踏み出したところで、後ろでごそごそと物音がする。振り返ると、伊達が土間に降り立っている。どうなさった。なんでもねえ。そういう問答が馬屋まで続いた。結局最後まで着いてきた伊達は、鞍の準備をしている横で手持ち無沙汰に小石を蹴っている。……政宗殿のは、向こうにおりますでしょう。彼の栗毛は奥の馬屋にいるはずである。ここに繋がれているのは真田が乗ってきたのと、もう二匹、怪訝な顔で二人を見つめているのがいるのみだ。馬の様子を見に来たと伊達が言う前に先回りをしたつもりだったが、伊達は肩をすくめてなにも言う様子はない。荷をくくりつけた馬を引き出し、今度こそお別れよと真田は伊達に向き直った。しかし伊達は真田を見ようとせず、後ろのほうに視線を飛ばすばかりだ。小首を傾げて目を合わせようとしても、ふいと顔が逃げる。
 真田は少しそれが面白くなく、ならばとそのまま視線も合わせず頭を下げた。手綱を引いて門を出ようとする。ざりざりと土を踏むのに合わせて彼の草履の足音がする。結局どこまでついてくるつもりなのだろうと真田は思う。とうとう門を出た。街道に出るまで騎乗するつもりはないが、かといってどこまでもついてこさせるわけにもいくまい。さっと真田が振り返ると、腕を組んだ伊達がすっと目を横にやる。……政宗殿。無言である。目を下にやると、彼の親指や人差し指の丸いのが少し土に汚れている。いかにもそれが残念であると思う。ほうとため息をついて、ならばお乗りなさいますかと問うと、まさか、と小さく呟いて寄越した。左様にございますか。真田は言って、はるか後ろに目を飛ばす。長らくあければ、白石の方がご心配なさいましょうや。無言である。そうやってとうとう庄の外れの、街道近くまで来たときにはすっかりあたりの空気は黄色くなってしまっていた。
 政宗殿、そろそろ。彼の、深い藍の着物は黄色い陽を浴びて複雑な色合いをしている。露わになった彼の左頬がいい色をしていると、思う。真田はそっと目を細め、これにて失礼いたしますると頭を下げた。鐙に足をかけ、一気に馬の背に乗る。見下ろした先、伊達の額の露わになっているのを眩しく思う。腹を蹴る。馬が嘶く。上体を軽く傾けたとき、不意に真田と後ろで叫ばれ、慌てて手綱を引いた。無理に止められた馬の背を軽く撫で、馬首を巡らせる。不意に視界をおおった丸いものを右手で受け止めた。まじまじと見てみれば、橙鮮やかな柿である。
 実が落ちると面倒で仕方ねえ。そう伊達は言っていた。庭に大きく育っている柿の木である。小間使いの者がせっせと生った実を籠に入れている。渋柿だと言う。生ったらさっさと収穫して、全て干し柿にしてしまうらしい。去年作ったやつはもう食っちまったからねえぞ。伊達はそう言って文机に向かっている。真田はぼうっと庭で柿の収穫される様子を眺めている。もう少しで終わるからと、ざっと小半刻は待たされていた。それは残念でござる。……好きか。甘柿は幼いころに一度食うたことがあるだけですな、何本か植えさせたのがありまするが全て渋柿ばかりで……、柿といえば干し柿に馴染みがございまする。ふうんと伊達は鼻を鳴らせ、会話はそれで終わった。庭で、いかにも籠の重たそうなのをおんなが息を吐き吐き運んでいる。真田はよっと腰を上げ、庭に下りた。代わりに籠を背負い、恐縮するおんなについて奥に運ぶ。運んだ先ではもうすでに皮剥きが始まっていた。……戻ると、伊達は既に仕事を終えて先程の真田と同じ格好で庭を眺めている。……お待たせし申した。首を巡らせた伊達の、鋭い首の骨のあたりに橙色の陽があたっていい色をしている。
 まじまじと手の中の柿を見つめ、あの籠に入っていた柿とは形が違うなと真田は思う。……道中食えばいい、甘柿だ。いつの間にか走り寄ってきた伊達はそう言って、すぐに踵を返した。手の中があたたかい。伊達の懐でずっとあたためられていた柿である。真田はそれを大事に懐にしまい、声を張り上げた。干し柿もとっておいてくださいますよう!もう指の先ほどに小さくなった伊達は、一度振り返り、しかしなにも言わずにもう一度背中を向けた。彼がそのとき飲み込んだであろう言葉を頭の中につらつらと想像しながら、馬の腹を蹴る。横に陽が山の稜線に沈みゆくのを、ひどく眩しく思った。