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花うらら

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花の香りがふわりと飛ぶ。
海堂の部屋で久しぶりに一緒にくつろいでいたのだが、何か持ってきますと言いつつ席を外した海堂の手に透明な湯の中に入ったたくさんの白い花を見つけた。
「何それ?」
良い香りに興味を注がれて、透明な耐熱ガラスカップの中にある湯を見つめていると「どうぞ」と、そのカップを渡された。良い香りの正体は、どうやら自分も知っている花の香りだったらしい。
「…梅?」
中を覗いてみれば、湯の中にはみっしりとしたたくさんの白梅の花が入っていた。
「あ、はい。花茶…とはちょっと違うみたいなんですが、母が以前中国に行った時、地元の人に教えてもらった飲み方らしいッス」
花茶という言葉も乾に取っては日常では出てこない言葉だ。ただ知識として頭の中に入っているが。
人種の違いだなと苦笑しつつ、なるほどと頷く。
「この間たくさん生の梅の花を取ってきて。生花をお茶にしてよく飲んでるんです。だから、先輩もどうぞ」
言いながら海堂は本を読んでいた乾の隣に座る。
そのまま飲めばいいんですと言いながら、海堂はカップに口をつける。釣られて乾も本を横にそれを口にする。
喉を通っていくその薄い香りが心地よくも懐かしい思いをさせて気分が和らいだ。
「そうか、ハーブティーに近いのかもな」
思った事をそのまま告げると、海堂もああそうっすねと頷いた。
二人でそんな柔らかな雰囲気でいると、不意に海堂の瞳が困った風に揺れるのを感じて乾は首を傾げた。
「海堂?」
「あ…、いえ」
何でも無いといった感じで首を振る相手に不振なものを感じ乾はそっと距離を縮める。それに降参して、海堂はため息と共に言葉を発した。
「もう三月だし、こんな風にゆっくり二人でいられるのもあとちょっとなんだと思ったら…」
切なげに揺れる瞳とその訳に、乾はメガネの奥のその瞳を瞬かせた。
そんな事を心配していたのかと何故か心が暖かくなる。
確かにあとヒトツキもすれば乾は高等部へ進学し海堂は中学三年生になる。乾は新しい生活へ、そして海堂は部長として責任ある立場へ本格始動する。そうすれば確かに物理的や心理的な距離は出来て、今まで通り顔を合わせる事も困難だろう。
そんな海堂の不安を理解し、そのサラサラとした髪を梳いてやると猫の様に目を細めた。
「大丈夫さ、こういうのは心の問題だし…俺は離れてても海堂以上に可愛い子はいないと思ってるよ」
その言葉に腹が立ったのかそれとも恥ずかしいのか、海堂は真っ赤になって俯いてしまった。
ふと。その頭に白いモノがくっついているのを見つけた。何の拍子にくっついたのだろうか、不思議に思いながら乾は海堂の髪にくっついている白梅を手に取った。
手のひらでそれをしばらく転がしていると、体温が高かったからか梅の良い香りが部屋を満たした。
海堂もそろそろと顔を上げる。
「この梅、もらっていい?」
「え」
顔を上げた彼に微笑むと、パクリとその一つの花を口にした。
「なにやってんだ、アンタ。汚ねぇっ」
己の頭についていたらしい事は、乾の動作で察知していたので、驚きで声が大きくなる。そんな海堂にやっぱり微笑んだまま乾はむしゃむしゃと口を動かした。
「これはお守り。俺に変な虫がくっつかない様に、梅の花が守ってくれるんだ」
何を寝言を言ってるんだと思いながら海堂は目を見開いたが、それでは自分はどうなんだ?と眉を寄せる。
「じゃあ、俺は…?」
「海堂のお守りは、コレ」
そのままただでさえ近い距離を更に近付けた乾は、そのまま海堂の唇に己のそれを押し付けた。
ふわりと香りが直に海堂にも伝わる。
「俺からのキス」
恥ずかしげも無く、多分本気でそんな事を口にする乾に海堂はまたも顔を真っ赤にさせ、そしてその気味の悪いメガネが何よりも魔よけだと思いながら目を閉じた。
「もう一度、お守り下さい」
そんな甘い誘いに乾の心は満たされ、これならやっぱり距離だなんて関係無いなと行き着いたのだった。
作品名:花うらら 作家名:まつ