キミと出逢った夏
矢鱈と蒸し暑い日が続く中、無遠慮且つ喧しい蝉の鳴き声が頭に響く。日が暮れても未だ此れらの喧騒は収まらず縁側での一服すら侭ならない。
「アー、どうして夏ってのはこうも暑いんでしょ!」
自棄気味に独りごちたとて暑さが和らぐ筈も無く、余計な力を使っただけだと後悔の念に苛まれるばかり。髭面の男は、半ば諦めた様子で愛用の扇子を開きながら生温い風を自らに向かって送り出した。こんな日はテッサイが淹れてくれた冷たい麦茶が殊更美味く感じられる。氷が溶ける間も無く空いたグラスを板間に置いた刹那────、空気が嘶く程の激しい霊圧の揺れが辺りを襲った。ジン太、雨が急いた様子で此方に駆け寄ってくる。
「おい、店長ッ!」
「…キスケさん」
各人が各々の態度で以て不安を顕にする中、浦原喜助は子供等を窘める様子を見せただけで其れ以外には何ら特別な行動を取らなかった。目深に被った帽子の奥に隠れた双眸は何かしらの機を窺っているとも考えられたが、真意は解らず。数分の刻を経たのち、開いた侭であった扇子をパチンと閉じるのを合図に彼は重い腰を上げた。
「一寸出掛けて来ます。テッサイ、ジン太と雨をお願いしますよ。」
手短に用件だけを口にすると扇子を袂に仕舞い込み、代わりに愛用の杖を片手に携えて店を後にした。
予想していたよりも些か早い。統率が取れていない所為か、其れとも攪乱させる為の一手か。何れにせよ油断は禁物。店から一歩出た途端、彼は物思いに耽るような面持ちで先程感じた霊圧の根源へと向かっていたが、不意に見知った霊圧が同じ場所に近付く気配を察して歩速を早めた。力の差は歴然としており今の彼では敵わない事は容易に想像出来たからだ。そうして、闇に紛れ中空を蹴り進んでいた彼の視界に飛び込んで来た破面を前に浦原は思わず反射的に足を止めた。
「よォ、死神。第六十刃、グリムジョー・ジャガージャックだ!」
自らの名を誇らし気に口にする姿を目にした瞬間、あらゆる思考を持って行かれた錯覚に陥った。其れはまるで青年が若い女性に対して淡い恋心を頂くような甘い感覚。餓えた獣に囚われた最初で最後の動揺。言葉では表し難い感情故に、双方対峙する間に割って入る機を失った。そうこうする内に、闘いの火蓋は切って落とされ激しい攻防が眼前にて繰り広げられていく。街灯には罅が入り次々に街路樹が薙ぎ倒されていく中で、男は一人其の仕合いを見詰めていた。己が加勢すべき若き死神代行では無く、目にも鮮やかな蒼い髪をした豹へと唯只管に想いを馳せていた。暫くして、敵方の上層部が事態の収拾を図りに現世へと遣って来た。其処で漸く浦原は我に返った。
「…何を遣ってるんだ、アタシは」
珍しくも手前を卑下するような一言を風に乗せた。だが、其の表情には微かな笑みが浮かんでいた。
「何れ御逢いしましょう」
此れから相見えるであろう気高き十刃に向かって人知れず挨拶を交わしながら、彼は漆黒に浮かぶ満月を仰ぎ見るのであった。